志村 昌美

トム・ハンクスが町内イチの嫌われ者に…「もっとも偉大な役者の1人」と監督が感じた理由

2023.3.8
ひと昔前に比べて、希薄になりつつある人間関係のひとつと言えば近所付き合い。いまや隣に住んでいる人が誰なのかもわからないような時代とも言われていますが、今回ご紹介するのは、町内イチの嫌われ者とされていた男が向かいに越してきた一家によって変わっていく姿を描いた感動作です。

『オットーという男』

【映画、ときどき私】 vol. 555

いつもご機嫌斜めで、ルールを守らない人には説教三昧、挨拶をされても仏頂面、野良猫には八つ当たり、というなんとも面倒で近寄りがたい嫌われ者の頑固爺さん。それがオットー・アンダーソンという男だった。

ところが、最愛の妻に先立たれ、仕事もなくした彼は、人知れず孤独を抱えていたのだ。ついに自らの人生にピリオドを打とうとするが、向かいの家に引っ越してきた家族にタイミング悪く邪魔されてしまう。なかでも、とにかく陽気で人懐っこく、超お節介なメキシコ出身の母親マリソルは、オットーとは正反対の性格だった。しかし、この迷惑一家の出現が人生を諦めようとしていた男に変化を与えていくことに…。

原作は、世界的ベストセラーとなったスウェーデンの小説「幸せなひとりぼっち」。本国で映画化された際には、5人に1人が観たとされるほど空前の大ヒットを記録しています。そんな話題作をハリウッドでリメイクしたのが本作ですが、その裏側についてこちらの方にお話をうかがってきました。

マーク・フォースター監督

『ネバーランド』や『プーと大人になった僕』など、感動的なヒューマンドラマを数多く生み出してきたフォースター監督(写真・左)。ドイツで生まれたのち、幼少期にスイスへと渡り、1990年からはアメリカを拠点に活躍の場を広げています。今回は、主演を務めた名優トム・ハンクスの魅力や人付き合いで大切にしていること、そして日本の好きなところなどについて、語っていただきました。

―ananwebでは、映画『幸せなひとりぼっち』を手掛けたスウェーデンのハンネス・ホルム監督にも取材をしていますが、そのときに「観客が気に入ってくれるかどうかを考えると、監督としてのスキルが失われてしまうから、あくまでも自分が感銘を受けるものだけを追い求めるようにしている」とおっしゃっていました。監督は、どのような思いで本作を映画化されましたか?

監督 僕も観客に合わせて作ることはできないと思っているほうなので、同感ですね。なぜなら作り手としては自分の愛するもの、あるいは情熱を感じるものにフォーカスするような映画づくりしかできませんし、そうすることが大事だと考えているからです。そのうえで、自分が綴るストーリーが観客のみなさんにも通ずるものであってほしいとは思っています。ただ、僕はそこに関しては願うことしかできません。

―今回リメイクする際に、舞台を変更するだけでなく新しい要素も加えて描いていますが、オリジナルとの違いなどで意識したこともあったのではないかなと。

監督 もちろん、スウェーデン版の映画も参考にはしていますが、今回は原作に忠実に作ることを意識しました。とはいえ、イラン系の隣人を南米系に変えたりとか、不動産業者を入れたり、アメリカの状況に合わせて設定をいくつか変更したところはありますが、究極的なことを言えば、このキャラクターたちはシェイクスピアが描くキャラクターと同じ。つまり、たとえ日本でもスイスでもどの国であったとしても、物語が成立する人物像であるということです。

そういう意味では、物語が描く核の部分は変わっていないと感じています。最終的には、自分が思うもっとも強い形でストーリーを語りたいというビジョンを持っていたので、それをなるべく普遍的な形で表現したいと考えました。

トムはいまでも子どものような情熱を持っている

―オットーを演じるトム・ハンクスさんはシリアスもユーモアも見事に演じ分けていて「さすが」のひと言につきます。現場で感銘を受けたことなどがあれば教えてください。

監督 僕はいまいる役者のなかでも、もっとも偉大な役者の1人だと思っています。しかも、すごく親切で優しい心を持っていて、コラボレーションを愛している方なので、周りの意見にもよく耳を傾けてくれました。そんなふうに、彼が仕事をしている様子を見ることができたのはいい経験でしたし、役に入った瞬間に目つきが変わるのもすごかったですね。これまでいろんな方と仕事をしてきましたが、一番素晴らしい役者だと思っています。

なので、彼からは本当にたくさんのインスピレーションを受けました。彼は映画スターとして40年間も同じ仕事を続けていますが、それでもいまも子どものような情熱を持ち、役者という仕事を愛しています。ときには苛立つこともあるはずなのに、彼はモノづくりを心から楽しんでいる。これは本当に稀有なことだと思います。

―ほかにも、第一線で活躍し続ける秘訣を垣間見たようなことは?

監督 印象的だったのは、朝現場に入ると最初に瞑想から始まり、準備ができてから演技をしていたことです。撮影の合間もトレーラーには戻らず、つねに現場にいらっしゃいましたが、その間も瞑想していることが多かったので、彼にとっては瞑想が大きな意味を持っているのかもしれませんね。

―また、若き日のオットーをトムさんの息子であるトルーマンさんが演じているのも本作の見どころですが、役者ではなくて撮影監督を目指している方だとか。そうとは思えないほど魅力的な演技でしたが、どのようにして出演が決まったのですか?

監督 最初に、トルーマンの両親であるトムとリタからは「彼は役者になりたいわけじゃないから演技はしたくないと言うと思う」と告げられていました。ただ、一緒にお茶をする時間をセッティングしてもらい、そこで説得することができたんです。僕からすると、彼はこの映画で見事に役者になってくれたと思っています。

人とのやりとりで大事なのは、しっかりと相手を見ること

―監督から見て、「やっぱり親子だな」と思う瞬間もあったのでしょうか。

監督 まず、僕がトルーマンにお願いした理由としては、『スプラッシュ』や『ビッグ』といったコメディ作品に出ていた80年代のトムを彷彿とさせるところがあると感じたからです。2人で一緒にいるときはもちろんですが、離れたところから見ていてもすごく似ていますよね。

僕は作品のなかで過去のシーンを描く際に、違和感があるのはすごく嫌だと思うほうですが、今回はすごくうまくいったのではないかと自負しています。特に、2人が同じ仕草をしているところがあるので、そういう部分でも説得力が生まれたと感じました。

―いまは他人との付き合い方や距離感に難しさを感じる時代でもありますが、監督といえば職業柄あらゆる立場の人たちとやりとりをされているかと思います。人とのコミュニケーションのなかで大切にしていることがあれば、お聞かせください。

監督 まずとても重要なのは、人の言葉に耳を傾けること。誰かと会話をしていても、スマホが気になったり、テレビのスクリーンに目が行ってしまったりするので、いまはしっかりと相手を見てコミュニケーションを取ることができなくなっているように感じています。

なので、時間をゆっくり取って、相手としっかりつながることが大事ではないでしょうか。とはいえ、人とやりとりをする際にデジタルのツールを使うことが多くなっていますし、コロナ禍でよりそれが加速したので難しいところはあるかもしれません。でも、とにかく相手の言葉をしっかりと聞く意識を持つことが大事だと考えています。

シンプルでクリーンな日本に近いものを感じている

―日本には監督の作品のファンは多いです。日本に対してはどのような印象をお持ちでしょうか。

監督 『主人公は僕だった』や『007 慰めの報酬』など、作品のためにも何度か訪れていて、そのときは東京だけでなく京都や大阪、鹿児島にも行きました。日本がとても好きというのもありますが、僕は日本の映画やアート、デザイン、そして建築などに影響を受けています。

日本に対してはとてもシンプルでクリーンなイメージがありますが、僕自身が「Less is more(少ないほうが豊かである)」というライフスタイルを好んでいるので、近いものを感じているのかなと。あとは、やはり日本の食事ですね。この作品でも描いているように、食は大事なことだと思います。

―最後に、観客に向けてメッセージをお願いします。

監督 前作『プーと大人になった僕』が日本ではすごくヒットして、たくさんの方に気に入っていただけたと聞いているので、この作品も同じように楽しんでいただきたいと思っています。僕は日本という国をとてもリスペクトしているので、みなさんが僕の作品を愛してくださったらうれしいです。ぜひ、大きなスクリーンでご覧ください。

生きる希望は、意外とすぐ近くにある

どんな時代でも、人と人とのつながりがいかに人生を輝かせてくれるものであるかを気づかせてくれる本作。一緒に泣いたり笑ったりしてくれる人を大切にしたいと思うだけでなく、自分もまた近くにいる誰かにとってそういう存在でありたいと感じさせてくれるはずです。


取材、文・志村昌美

胸の奥がギュッとする予告編はこちら!

作品情報

『オットーという男』
3 月 10 日(金)より全国公開
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
https://www.otto-movie.jp/