男に「捨てられる」恐怖|12星座連載小説#14~蠍座2話~

文・脇田尚揮 — 2017.2.9
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第14話 ~蠍座-2~


前回までのお話はコチラ

『私はこっちだから、じゃあこれでね』

「はい、どうぞお気をつけて」

電車のドアが閉まり、恭子と別れる。


……羨ましい。彼女は自由。自分の意思でやりたいことをやれるのね。

私は、自分の人生を売ってしまったも同然。今からその代償を払いに行くの。


新宿で電車を降り、タクシーで待ち合わせ場所であるマンションに向かう。

到着したのは、無機質なタワーマンション。指定の番号を入力し、オートロックを解除する。

この瞬間から、私は“お人形”になる。
私はもう“私自身のもの”ではなくなるのだ……。

エスカレーターで上層階に昇る。欲望渦巻く新宿を一望できる高さまで、ものの数十秒だ。

『お母さん、元気かな』

そんなことが、何故かふと頭によぎった。

時間ピッタリに、約束の部屋の前に立つ。携帯をワンコールすると、ロックが解除された。

私はゆっくりとドアを開ける。薄暗い玄関に足を踏み入れ、鍵を閉める。靴を脱ぎ、服も脱ぎ、下着も脱いで、生まれたままの姿に……。

そして、そのまま奥の部屋へ。

ガラス一面に新宿の夜景が広がるその部屋で、一人の老人が椅子に腰掛けている。

そう、彼が私の飼い主・真田宗一郎だ。若い頃の彼のことは知らないが、某財閥の会長の座に君臨する人物だ。戦後の日本を牽引してきたのであろう。

今の私があるのは、会長のお陰でもある。

「由紀、よく来たの」

『会長、お元気そうで何よりです』

「心にもないことを言う」

私は一糸まとわぬ姿のまま、四つん這いになり、会長のつま先にキスをする。そして、全身に……。

「由紀、今夜はどうしてやろうか」

『会長のお望みのままに……』

私は“お人形”。

気持ち悪いとか、そういう次元ではないけれど、私に、いや、お人形に……、選べることは何もないのだ。

「おい」

……宴の合図だ。

会長の一声で、十数人の男たちが奥の部屋から現れた。

「由紀、おまえはめんこいのぅ。わしはお前が一番大切じゃ。お前が汚れていくさまを見たい。もっと見たい。」

そうして、私は男たちに陵辱の限りを尽くされる。

まるでスローモーションのように時間が流れる。

男たちの飛沫が私を汚すのも、今はもう気にならない。はじめは泣き、叫び、助けを求めたが、“お人形”にそんな権利はないのだ。そう理解した時から、私は受け入れることを選んだ。数人の女の相手をしたこともある。

……この“宴”に慣れてしまった私は、おかしいのだろうか。狂っているのだろうか。

「ぐふぅっ、ふふ」

奥で会長が悲しく笑っている。良かった。まだ“お人形”として価値があるということだろう。

飽きられたら捨てられるのは目に見えている―――

屈強な男に羽交い締めにされ、玩具で嬲られながら、私は安堵した。

破壊衝動は全ての生き物にあるものだ。愛する存在が滅茶苦茶にされるのは哀しみと同時に、快感でもある。男として枯れてしまった彼が、満たされるための唯一の手段なのだろう。ほんの少しだけ気の毒に思う。

「あぁ、あぁ、由紀……」

会長の声が遠くで聞こえる。私はこうして男を癒すしかないのか。悲しい。母がどんな父でも愛したように、私は男の慈母になれるのだろうか、それともマグダラの娼婦でしかないのだろうか。

麻縄を持った男が、私の前にやってきた。周囲から、哀れみの笑いが聞こえてくる。

ギリリッ……

「ううっ」

麻縄が肌に食い込む。
父の歯ぎしりのようだな、とカラダを縛り上げられながらふと思う。

……どうして、こうなったのだろう。

私は銀座で自分のお店を出す代わりに、私の一番大切なものを差し出してしまったのだ。もう誰かに恋することさえ許されない。そして、自分の人生を自分で決めることすらできないのだ。

「よろしい」

会長の合図とともに、無限とも感じられる屈辱の時間が終わりを告げた。ガクリと糸の切れた操り人形のように、床に崩れ落ち、縄を解かれる。

「可哀想にのぅ、由紀……」

そう言って、会長が男たちの体液にまみれた私を見つめる。真っ黒な漆のように、本当に深く哀しい目の色だ。

「またの」

会長が帰る。遊戯に満足した子供のように、清々しい顔。今日はこれで良かったようだ。でも、次は分からない。私は、いつか捨てられるという恐怖に怯えながら、会長に応えていくことしかできないのだ。

シャワールームに入った私は、宴の跡を消すかのように男たちの欲望を洗い流す。

……恭子が羨ましい。自分で自分の生き方を決められるのだから。

身体を洗いながら、そんなことを思った。

衣服を身につけ、私は“お人形”から“私”に戻っていく。以前は、座り込んで動くことさえできないくらいに憔悴していたが、今ではそんなことはない。

「では、これで」

黒服に促され、1人マンションを後にした。やけに星空が綺麗な夜だった。

次回、“第15話 「猫と食卓と…銀座の女帝の素顔」”は2月10日(金)配信予定。


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【今回の主役】
須藤由紀(絢芽) 蠍座30歳 クラブホステス
豊満な肉体を持つセクシーな女性。貧しい幼少期を経て、自分の身体一つを武器に若い頃から水商売の世界でトップを取り続けてきた。さまざまな男性と情事を重ねる日々の中で、自分の生き方に疑問を感じ、男と女の化かし合いに疲れている。このまま、夜の世界の女帝となるか、それとも……。

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