不倫のピリオド「思い出」があれば生きていける|12星座連載小説#134~双子座 11話~

文・脇田尚揮 — 2017.8.10
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第134話 ~双子座-11話~


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「はい、もしもし」

この声は……、義久さんの声だ。思わず息を呑む。

良かった……。

『あの……私です……』

「……ああ」

『あの……今、どうされていますか?』

「うん、自宅にいる。これからはフリーとしてやっていくつもりだよ」

『二人のこと、知られてしまったの……?』

あえて、“二人”と言う。
向こうで誰かに聞かれているかもしれないから。

「……そうだね」

もうすぐ切れちゃう……急いで100円玉を追加する。心臓がバクバクと音を立てているのが、自分でも分かる。

『もう、会うことはできないんでしょうね……』

「難しいだろうね」

そうか……、難しいのか。
そうだよね、もう会えないよね。

『二人が結びつくようなことって、もうないのかな……?』

「あるかもしれないけど……」

ある……! 可能性はあるんだ……!

「でも、とても苦しい道なんじゃないかな……」

『苦しい道……』

「うん、例えば……“仕事がない中で、数千万円の借金を背負いながら二人一緒に生きていく”とかね」

―――それを聞いて、私の意識の中の何かがパチリと音を立てて入れ替わった。

仮に、数千万円の借金があったとしても、二人に仕事があれば何とか返済しながら生きていくことはできる。

あるいは仕事がなくても、借金さえなければ色んな生き方はあるだろう。

でも、“借金”と“干される”の両方が揃ったら―――

「だから、難しいと思うよ」

私は、それ以上何も言えなかった。自分の人生全てを投げ捨ててまで、添い遂げたいというモチベーションは……、悲しいけど、私にはない。

これが私の限界。これが私の“人間性”なのだと、そこで悟った。

「そういうわけだから……じゃあ、これで……」

『待って!』

今さら、何を言うことがあるのだろう。
何も言うことなんて、ないのに……。

受話器を持つ手が震えている。私はこれまで自分が“損”をするような選択は、一切してこなかった。どんな時も、どんな状況でも。

……そう、小狡い女だったのだ。

だけど……、

「もう、良いんだよ」

『えっ……』

「短い間だったけど、二人は愛し合っていて幸せだった。その事実があれば、また強く生きていけるんじゃないかな」

『………』

「人生は、一瞬の星の輝きみたいなものでさ、忘れられないくらいに大きく光った思い出は、その後の人生も照らしてくれるものなんだって、僕は思う」

『……ううっ……』

嗚咽が漏れる。彼が“最後の言葉”を口にするのが怖い。

「だから、僕たちの輝かしい思い出を忘れなければ、強く生きていけるはずだよ……」

彼は、“私のために”終わらせようとしてくれているのだ―――

「これから二人が別々になったとしても」

最後の選択。

ここで私が「Yes」と言えば、これで終わり。「No」と言えば……

『待ってても良い……ですか……?』

一番狡い選択をした。選択を先延ばしにしたのだ。

「…………」

二人の無言の時間は、刹那のようで永遠にも感じられる。この瞬間、まるで時が止まったかのように。

行き交うサラリーマンたちだけが、時計の針のようにせわしなく時を刻んでいる。

「覚悟……できてる?」

『いいえ』

私の口は、私の意識と連動していないのかもしれない。でも、その時私は、ハッキリと口にした。

「分かった……」

義久さんとの会話が終わる。もう、彼の声が聞けなくなるんだ……。

最後に……最後に、伝えなくちゃ……!

『幸せでした』

「ありがとう」

プツッという音がして、そこで電話は切れた。後には「ツーツー」という電子音が聞こえるだけ。

『私……最低だ……!』

人目もはばからず、電話ボックスの中で泣き崩れる。
これほどまでに、自分を“汚い”と思ったことはない。

彼は最後まで優しくて、私のことを何一つ貶めるようなことを言わなかった。

でも、私は最後まで狡くて……。

―――子供の頃を思う。

キラキラした綺麗な石が目の前にあった。おぼろげな記憶だけど、そこはパワーストーンのお店だったんだろう。

私は、欲しいもの全部を両手の中に収めて、パパに言った。

『これ全部!』

って。

パパは少し困った顔をして、

「しょうがないな……良いよ」

って言ってくれたっけ。

でも、その後、私はつまずいて……
綺麗な石を全部こぼしてしまったのよね。

石たちは、ばら蒔かれて、床の上で散り散りになって……私は泣いちゃった。

結局、それで貰えず終い。

パパが店員さんに、申し訳なさそうにしていて、私がこぼした石を一生懸命拾い集めていた。

欲しいもの全てを、手の中に収めることなんてできないんだ―――

私は、知っていたはずだった。それなのに、またつまずいて、こぼしてしまった……。

喜久さんは、あの時のパパみたいに、今、拾い集めてくれているのだ。私はただ泣いているだけ。

狡い。本当に狡い女―――

まるで風見鶏のようにくるくると。その時の風向きに合わせて、自分をコロコロ変える。

そんな自分が、心底嫌になる。

変わらなければ、ずっとこのまま。そんなの……みっともない。

涙を手で拭って、電話ボックスを出る。一歩一歩足を動かして、会社へと向かう。

彼との……義久さんとの出会いに意味を持たせたい。そうでなかったとしたら、寂しすぎる……。

「思い出があれば、強く生きていける」

彼の最後の言葉が耳にこびりついている。

―――サラリーマンの波は、もう引いていた。


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【今回の主役】
江崎友梨 双子座25歳 アナウンサー
23歳の時にアナウンサーとしてTV局に入社。有名大学出身だが1年浪人している。ハイソサエティな世界に憧れを抱いており、自分を磨く努力も怠らない。現在、同じアナウンサーでもあり、上司である新垣義久と不倫関係にある。当初は踏み台にしようと考えていたが、だんだんと彼に惹かれキャリアと恋の間で、悩み揺れる


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