「I balance.」~私は調和する。~|12星座連載小説#129~天秤座 最終話~

文・脇田尚揮 — 2017.7.31
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第129話 ~天秤座-最終話~


前回までのお話はコチラ

―――1ヶ月後……

私の横には“ウィッシュ”という名のゴールデンレトリバーが大人しく座っている。

『お利口さんね……』

“ウィッシュ”の頭を優しく撫でる。とても穏やかな気持ち。

「恭子さん、夕食の準備できたって」

彼の声だ。そう、私の大切な彼、薫さんの声。

今日、私は代官山の彼の実家の、ファミリーパーティーにお呼ばれしている。

『はーい』

庭付きのベランダで、“ウィッシュ”と戯れていた私は、リビングに戻る。

『……また、後でね』

小声で“ウィッシュ”に囁く。

一戸建ての家の中は整然としているけど、いかにも質の良いインテリアで、落ち着いたカラーで統一されている。高い天井にはシーリングファンが回り続けている。

「まぁ、リラックスしてよ。自分の家だと思って」

薫さんが、私を気遣ってくれる。

カウンターキッチンの向こうから、知的な雰囲気の女性と私より少し若い女の子が料理を運んできてくれた。薫さんのお母様と薫さんの妹さんだ。

「お待たせしました、ゆっくり食べていってね」

そう言って“お母さん”が高そうな白ワインをワインセラーから出してきた。

『あ、いえ……とんでもありません。こちらこそお招きありがとうございます』

食卓には、色とりどりの食材が並んでいる。そして、その横で一生懸命コルクを抜こうとしている薫さん。

「もう、お兄ちゃん、下手なんだからー!……貸して!」

“妹さん”が薫さんの手からワインを奪い、ポンという音と共にあっという間にコルクを抜く。

「いやぁ、ハハハ……」

照れくさそうな彼。

「恭子さん、ゴメンなさいね、こんなアニキで……。でも、ビックリしちゃった! アニキにこんな綺麗な彼女ができたなんて、我が家始まって以来のビッグニュースでしたよ!」

飲んでもいないのに饒舌な彼女は、薫さんとは正反対の性格のようだ。

「僕だって、やる時はやるんだからな! ほら、返して」

私の横で薫さんが、少しだけムキになっている。

―――可愛い。彼って、意外とムキになりやすい性格なのよね……。

彼が私のグラスを白ワインで満たしてくれているのを見て、ふと思った。

“あの時”もそうだったな―――。

恵比寿で裕太と私、そして薫さんとで待ち合わせたあの夜。

私は、しばらく何も言えなかった。

色々言うべきこと、言いたいことを考えていたのに、いざ薫さんを目の前にすると、何も言えなくて。空気を察してか、裕太が一生懸命盛り上げようとしてくれた。

最初に口を開いたのは、薫さんだった。

「僕、気にしてますから……この間のこと……」

いつになく、ハッキリと、静かに彼は言った。

『ゴメンなさい……』

私には謝る事しかできなかった。彼が気にしていることの理由がわからなかったから。

「いや、そうじゃなくて! ……何で謝るんですか!?」

少し大きな声を出す彼。

『……だって、薫さん、嫌だったんでしょ?』

消え入るような私の声。

「ちょ、ちょ、あのさ……全然わかんねーんだけど」

あの時、裕太が間に入って、整理してくれたのよね。ホント、あいつイイ奴。

裕太は私たちのキューピッドね……。

私は、てっきり薫さんから嫌われたものだと思っていた。薫さんの反応があまりに予想外だったから。

でも、薫さんは私に、からかわれているって思って、真意を確かめたかっただけみたい。

裕太が間に入ることで、事の本質が分かったの。誤解してた……お互いに。

あのときの薫さんは、まるで今みたいにムキになっていた……。

「好きでもないのに、キスなんて……そんなことしないで下さい。僕は、本気で恭子さんのことが好きなんですから!」

彼の目は真剣そのもの。私はこれまでの自分の経験だけで彼を測っていたのだと、その時始めて分かった。

―――そう、彼は心から“純”な人だったの。

あの時は、違った意味で自分が恥ずかしくなっちゃったわ。

「ああ、私って、これまで本気で恋したことなかったんだ……」って。

いつもどこかで逃げていたのかもしれない……“恋愛”から。

―――「じゃあ、オマエら、もう付き合っちゃえば?」

しびれを切らしたように裕太が一言。そこから、私たちの関係が始まったのよね……。

そう、ステータスなんて関係ない。一緒にいたいと思えるキモチ。

それこそが大切なんだって、やっと分かったの。

―――薫さんの華奢で綺麗な指が、ワインボトルから離れる。

「じゃあ、いただきましょうか……もうすぐお父さんも帰ってくる頃だし」

“お母さん”の一言で、私は我に返る。

『はい! それでは……いただきます!』

天秤座の女の人生は、

“I balance.” ~私は調和する。~

人と人との関わりの中で、自分の立ち位置を知り、少しずつ自分を変えていく。

それって本当はずるいことなのかもしれない。

でも、常に最適化してバランスを取っていくことこそが、恋、仕事、そして……人間関係だと私は思うわ。

人は人の中でしか磨かれない。常に変わっていく世界の中で調和を保ち、美しくあろうとする。それが私の美学。

だけど、その美学を壊してくれる人と、私は出会った。

矛盾してるけど、それこそが“喜び”なの。

今、私は“幸せの意味”を感じています―――。

天秤座の女の人生 ~Fin~


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【今回の主役】
佐々木恭子 天秤座27歳 アパレル店員
センスがよく整った容姿の女性。男に困ったことがなく、広く浅く男性と付き合う、いわゆる“リア充”である。将来の夢は玉の輿に乗ることで、毎週タワーマンションで催される会員制パーティー『ロイヤル・ヴェイル』に参加している。仕事仲間からは陰口を叩かれているようである。


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