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「恋人との別れ」の代わりに私が得たもの|12星座連載小説#105~乙女座9話~

文・脇田尚揮 — 2017.6.26
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第105話 ~乙女座-9~


前回までのお話はコチラ

沈黙が二人を包み込む。

「ほら、もうすぐ仕事の時間だよ」

先に沈黙を破ったのは、真司さんだった。

『ええ……、そうね』

帰り支度を始める。この家に来ることも、もうないのだろう。本当にこれで良かったのだろうか……。

でも、口に出してしまった以上、もう後戻りはできない。

『それじゃあ、私、仕事に行くね』

「うん、気をつけて……」

玄関のドアが閉じようとした、その瞬間―――

抱きしめられた。

その熱い抱擁に、私も彼の背中に手を回し、力強く抱きしめ返した。

これが最後のハグ。

そう思うと、いつまでもこうして抱きしめ合っていたかった。

そうしてどちらともなく手を解き、お互いの身体が離れ……、そして言葉を交わさぬまま、ドアが閉まった。

終わってしまったのだ。正確に言うならば、私が“終わらせた”。

大人同士の恋が終わる瞬間は、こんなにも静かなものなのかと感じた。

エレベーターを一人で降りる。

何ら申し分のない彼。多くの女性が羨ましがるであろう男性。

でも、悲しいことに、私には“過ぎた男性”だった。

人生の選択は、何十通りもある。何がベストなのかは分からない。だからこそ、自分の決めたことに責任を持って、前に進むしかない。

外に出ると、太陽がキラキラと輝いていた。心はまだヒリヒリしているけど、職場への足取りは普段よりも軽い。

何かを失うということは、同時に何かを得るということでもあるのだ。

真司さんとの別れを選択したことで、私はそれ以上の“何か”を手に入れられるだろう―――

そんな期待をしていた。

病棟は今日もいつものように慌ただしい。ナース服に身を包み、カルテ整理や入院患者の容態チェックする。

ここでは、私が最も“私らしく”いられる。

高い電子音が鳴った。ナースコールだ―――

ナースコールが鳴るたびに、ドキドキするが、それと同時に自分を頼ってくれる存在への“使命感”のようなものが芽生え、私に火をつける。

305号室の高井さんだ。急いで階段を駆け上がり、病室へと向かう。

高井さんは、1週間前の夜中に運ばれてきた78歳の女性だ。認知症が進み、夜中に徘徊していたところを車に轢かれての入院だった。

よく分からないことを言っては、こうして頻繁にナースコールを鳴らす、いわゆる“困った”患者さん。

だけど、万が一のことがあってはいけないので、呼ばれたら必ず駆けつけるのが私たちナースの役目。

「バフッ」

病室に入ると、いきなり枕が飛んできた。

「あんた……! さっきからずっと呼んでるのに、なぜ来ない!!」

『申し訳ございません、遅くなりました』

「脚が痒いんだよ! 早く包帯を取り替えろ!」

『ええ、今すぐに交換しますからね』

ギプスの中が蒸れて痒いのだろう。私たちは、包帯を取り替えてあげるくらいしかできない。

「ご飯がまずい! ちゃんと作れ!」

『お口に合わなくて、ごめんなさいね。でも、きちんと食べて早く治しましょうね』

「どうせあたしを殺す気なんだろ、知ってるんだよ」

『そんなこと決してありません。みんな高井さんの回復のために一生懸命です』

「あたしゃあ、薬なんて飲まないからね!」

『ちゃんと飲まないと、よくなりませんよ』

………そんなやりとりが10分ほど続いた。

そんな彼女も、

「家族の誰も、見舞いに来やしない。息子も、孫も、あの鬼嫁も……どうせあたしゃ、疫病神扱いよ」

と、包帯を取り替え終える頃には、力なくうなだれていた。

『高井さん、早く退院して元気な姿をご家族に見せてあげましょう』

「………フン」

病室を出て、階段を降りる。

ただ治療のお手伝いをするだけでなく、患者さんとコミュニケーションをとるのもナースの務めだ。どんなに理不尽なことを言われても、誠意を持って対応すれば、きっと相手に伝わる。

緊急病棟には色んな人がやってくる。高井さんは、怪我の程度はまだ軽い。

こうしてひとりひとりの患者さんと向き合うことは、やり甲斐がある。でも実は、私にはナース以外の夢があるのだ。

それは“薬剤師の免許”をとること。

そのために、今の仕事でお金を貯めながら試験勉強を続けてきた。そして幸いなことに、希望の大学から合格通知を受け取ることができた。

もちろん、仕事と学業の両立は不可能だ。学校が始まったら、退職して勉強に専念しなくちゃ……。

これから6年間、キャンパスライフが始まるのかと思うと、楽しみでもあるが怖くもある。

卒業する頃には私は36歳。人より、だいぶ遅いスタートになってしまう。

しかし、医療現場をこうして見続けてきたからこその、実践的な知識と経験はある。それは、大きなアドバンテージになるだろう。

真司さんとの別れを選んだ私は、薬剤師になるという決意を胸に、ひとり静かに燃えていた―――

乙女座 第3章 終


【これまでのお話一覧はコチラ♡】

【今回の主役】
鈴木沙耶 乙女座30歳 看護師
眼鏡の似合うクールビューティーだが、理想が高くいわゆる完璧主義者なところが恋を遠ざける。困っている人を助けたいという思いから、看護師として8年間働いている。しかし、理想と現実のギャップに悩んでおり、さらに自分を高めるために薬学部に行こうと考えている。結婚願望はあるのだが、仕事や夢が原因で彼(辻真司)とうまくいかない。


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