愛する彼の「最後の優しさ」|12星座連載小説#104~乙女座8話~

文・脇田尚揮 — 2017.6.23
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第104話 ~乙女座-8~


前回までのお話はコチラ

「おはよう」

聞き慣れた声が、ぼんやりとした意識の中で反響する。

「今日は昼からだろ? まだゆっくりしてて」

そんな甘い言葉に、私の意識は再び途切れた。

―――夢を見た。

私は森の奥で、とても大きくて恐ろしい獣に出遭う。

その獣は、ゆっくり私に近づいてくる。

本能的に危険を察知し、走り出す。森の奥は暗く、深く、どんなに走っても先が見えない。

足が痛く、呼吸も苦しい。心臓が大きな音を立てて動いている。

行けども行けども、木々が鬱蒼としげるばかり。

ついには木の根につまづいて、私は転んでしまう。獣は、今にも私に覆いかぶさろうとする勢いだ。

―――その刹那

どこからともなく弓矢が放たれ、風切り音とともに獣を射抜く。

獣は耳をつんざくような雄叫びとともに、絶命し倒れる。

その向こう側には、白馬に乗った騎士が。顔はよく見えない。

「……だよ」

よく聞き取れない。

彼は倒れている私に、手を差し出してくれる。

でも、私はその手を振り払い、暗い森の中へと駆けていく―――

「……沙耶…………だよ」

また声が聞こえる。

そこで目が覚めた。

悲しくはないが、なんだか寂しい気持ちになる夢だった。

目を開くと、彼……真司さんの顔が。

「おはよう。もう9時半だよ」

あの声は真司さん……だったの? 意識がまだハッキリしない中、身体を起こす。

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『おはよう。真司さん、私のこと呼んだ?』

「えっ、うん2回くらい」

『そう……何だか寂しい夢、見ちゃった』

「どんな?」

『ナイトに助けられるんだけど、私はその手を払いのけちゃうの』

「ん? フフ……アハハハッ」

『え? 何、私何かおかしなこと言った?』

「ハハ……いや、ごめんごめん。沙耶にしては、もの凄く乙女チックだなあと思って」

『私だって、女ですからね』

腰に手を当て、“プンプンのポーズ”で怒ってみせる。心外だ。

「しかも、助けてもらったのに、それを振り払うなんて……ククッ 酷いな。そこはキスされてハッピーエンドじゃないのかよ、普通は」

『もう! 夢の中だもん、私の意思で動けないの!』

すっかり目が覚めてしまった私は、笑っている彼を放置し洗面所へ向かう。鏡を見ると、少し目が腫れぼったい。

『泣いたんだ、私』

昨日の夜のことを思い出して、ズキンと心が痛む。

あんなことがあったのに……、真司さん、優しすぎるよ。

バシャバシャと洗顔し、軽くメイクをする。歯磨きをし、メガネをかけ、ブラシで髪をとかす。

リビングに戻ると、彼がコーヒーを飲みながら新聞に目を通していた。テーブルのお皿には、ホットサンドが盛られている。

「さっきは笑って申し訳なかったね。目、覚めた?」

『うん……これ、作ってくれたの?』

ホットサンドを指差す。

「ああ、冷蔵庫にあったもので簡単に作ったんだけど、良かったら食べて行かない?」

この“優しさ”だ。この優しさが、私には痛い。

『……ありがとう。真司さんは?』

「ああ、もう食べたよ。それは沙耶の分だから、遠慮せず食べてね」

そんな風に言われて、“食べない理由”がない。

椅子に腰かけ、ホットサンドを少しずつ食べていく。まだあったかい。珈琲もさっきいれてくれたのだろう、まだ熱々だ。

どうして怒らないんだろう。

世の中には、どんなことがあっても、優しさを持ち続けられる人がいる。真司さんはまさにそういう人なのだろう。

昨日、あんなことがあったのに、笑顔で接してくれる……。

―――これで良いの?

いつもこんな風に取り繕って、付き合い続けてきた。まるでお互い仮面を被っているみたいに。

きっとまたプロポーズの返事を求められて、昨日と同じようなことが起こるわ。

……真司さんが良くっても、私がもうこの重圧に耐えきれない。

『ねぇ、真司さん』

「ん?」

『……私たち、別れようよ』

隠し続けてきた本音を言葉にする。

今日を逃すと、もう言えなくなる。そんな思いが私の中にあった。

「……どうして?」

彼は読んでいた新聞をテーブルの上に置き、迷子になった子どものような目で私を見る。

「どうして別れなくちゃいけないの……?」

そう。どうして別れなければいけないのか、私にも分からない。

でも、ひとつだけ確かなのは……

『真司さんと一緒にいると、私、罪悪感に押しつぶされてしまいそうなの』

「僕は沙耶に、ただ側にいて欲しいだけなんだ」

『それが嫌なの!』

立ち上がって、声を荒らげてしまう。彼は、驚いた顔で私を見つめる。

『真司さんの優しさが、私にはつらいのよ……』

そう言って、私は涙をこぼした。

「そう……か……」

彼がうつむく。

恋って難しい。

お互い愛し合っているのに、上手くいかないなんて哀しすぎる。その原因が、私にあると思うとやるせない。

しばらく沈黙が続いて、彼が重い口を開く―――

「分かった。別れよう」

彼なりの最後の優しさ……それは“別れを受け入れる”ことだった。

―――今朝見た夢の通り、彼の手を振り払ったことにその時気づいた。


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【今回の主役】
鈴木沙耶 乙女座30歳 看護師
眼鏡の似合うクールビューティーだが、理想が高くいわゆる完璧主義者なところが恋を遠ざける。困っている人を助けたいという思いから、看護師として8年間働いている。しかし、理想と現実のギャップに悩んでおり、さらに自分を高めるために薬学部に行こうと考えている。結婚願望はあるのだが、仕事や夢が原因で彼(辻真司)とうまくいかない。


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