「シンデレラ・ストーリー」が崩壊した日|12星座連載小説#99~蠍座9話~

文・脇田尚揮 — 2017.6.16
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第99話 ~蠍座-9~


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この時間になっても連絡なし……か。

『ごめんね、チカ。今夜は独りにさせちゃうけど、お利口にしていてね』

帰宅して5分も経っていないが、再び家を出る。タクシーは下で待たせたままだ。

ふと、“過去の出来事”が思い出される。

私が、別のお店で働いていたときに、会長がお店に来たのが全ての始まりだった。まさに、今日の倫子と会長の出会いのようだった。

思い出したくもない―――

その頃の私は、“キャバ嬢”として働き続けることに限界を感じていた。

だから有力者にすり寄り、パトロンになってもらうことで、“自分の城”を持ちたいと考え始めていた。

真田会長は、初めはとても優しかった。どうして経済力も権力もある人が、こんな小娘に良くしてくれるのだろう……? それが私の感想。

美味しいものを沢山ご馳走になり、普通のOLでは決して味わうことができない贅沢をさせてもらったわ。そして私に会うためだけに、お店にも足しげく通って下さった。もちろん、毎回数人の黒服を連れて信じられない額を使ってくれて……私は、それからずっとナンバーワン。

夢のようだった。

悪い夢……いえ、良い夢。

こんな私でも、“シンデレラ・ストーリー”の主役になって良いんだ。

そう思えた瞬間、子供の頃から心に引っかかっていたものがとれ、ピリピリした自分と決別できた。それと同時に、本気で会長に惹かれ始めていた……。

そんな想いが、打ち砕かれたのは知り合って3ヶ月後のこと。

いつものように二人でロマンチックな時間を過ごして……

そう、ちょうど今くらいの時間かしらね。あの、“新宿のマンション”に誘われたのは。

これでも世慣れしているつもりだった。でも、その日私は、この世に“本当の怪物”がいることを知った。

部屋の奥、会長が寂しげに椅子に腰掛け……奥から十数人の男達。私の身体が犯され貪られる中、泣いても叫んでも会長は止めてくれなかった。

永遠とも感じられる時間の中で、私の中で“何か”が壊れてしまった。

女としての尊厳を踏みにじられて、それを見た会長は“泣き笑い”のような表情で私の名前を呼んでいた。もしかすると、本当に泣いていたのかもしれない。

彼は愛する者を裏切り、信頼を破壊することにこそ、快感を覚える男だった。自分が愛(め)で、大切にしている存在が、自分以外の何者かによって滅茶苦茶にされることでしか、満たされないのだ。

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これはきっと治らない―――

私は、そう確信した。

日本がまだ貧しかった時代、彼がまだ少年の頃の話だ。実母を目の前で亡くした、と聞いたことがある。それは悲惨な事故だったらしい。死にそうになりながらも、彼を必死に守ろうとした母親の姿が、脳裏に焼き付いて離れないと言っていた。

その後、父親は再婚。多忙な父は家にはなかなか帰ってこず、義母と2人きりの生活が続いたという。寂しさから義母は冷たく当たってきたらしい。最も多感な時期に、彼は誰からの愛も受けることなく育ったのだ。

しかし、そんな不遇さに負けるものか……と、自分を磨きのし上がってきたという。生き残るために、誰よりも強くあろうと。

―――なんて愛おしい人なんだ、と私は思った。

私も幼い頃から父親のいない環境で育ってきた。もしかしたら、私なら会長の心の闇を少しでも照らすことができるかもしれない……。そう思って、ずっと尽くしてきたつもりだ。

そう思えばこそ、私は彼の“お人形”になれた。

でもその後、会長は私の他に、何体もの“お人形”を持っていることを知ってしまった。

私ひとりなら、いくらでもこの身を捧げ続けたのに、彼は新しい人形を見つけては弄び、壊し続けようとする。

私は、私が“最後の人形”になるようにと、どんな望みも受け入れてきた。これからもそうするつもりだった。それなのに……!

私は、新宿……例のマンションへと向かっていた。

決して癒えることのない傷を負った彼を、私一人でどうにかできるわけはない。それは、重々承知だ。

しかし

彼のためならどんなことも厭わないという愛、銀座のママとしてスタッフを守らなくてはという責任、そして男に人生を支配されたくないという強い想い。

それらの全てが、私の身体を突き動かす。ひと言では語ることができない、湧き上がるようなこの想い。それが私をこのマンションに来させたのだ。

部屋の鍵は持っている。これまで鍵を使わず、エントランスで呼び鈴を鳴らしていたのは、私なりの会長に対する敬意だった。

でも、今回は必要ない。

エレベーターに乗り、恐らく今日が最後になるであろうこの場所からの夜景を眺める。

会長が見てきた景色は、この50年でどう変わってきたのだろうか。私は知る由もない。

“お人形部屋”のドアの鍵を開ける。

ここまで、こんなにもすんなり来られたのは、きっと会長がそう仕向けているからだろう。完璧主義なあの人のことだ。全て想定内のはず。

分かっていながら、私はドアを開けた―――

蠍座 第3章 終


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【今回の主役】
須藤由紀(絢芽) 蠍座30歳 クラブホステス
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