「男の怖さ」をまだ知らない女|12星座連載小説#98~蠍座8話~

文・脇田尚揮 — 2017.6.14
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第98話 ~蠍座-8~


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「ママ、入口の絵、絶対外したほうがいいですよ~」

倫子の言葉に唇を噛み締める。

会長はニヤニヤしている。

今の私があるのは“会長のお陰”。それは分かっている。だからと言って、こんなことまで言いなりでは、ただの“お人形さん”じゃない。

そう思ってはいても、会長に意見することなんてできなかった。

―――これまでは。

だけど、これからは違う。いつまでもお人形のままではいられないの……!

『会長、お言葉ですが』

「なんだ」

場の空気が一瞬で凍りつく。

『あの絵は私のお気に入りなんです……私はこの店のママだから、自分の思うようにこの店をつくっていっても良いんじゃないでしょうか』

別に全てを失っても、構わない。思っていることをそのまま口にした。

私は、この人に自分の人生を差し出したつもりはない。

「ほぅ……」

少しの沈黙のあと。

「たしかに。お前はこの店のママだ、一理ある」

『生意気を申し上げて、申し訳ありません』

「しかし!」

会長が、カッと目を見開く。

「“ママである”という以上、責任も伴うということを忘れるな!」

怒りがピリピリと伝わってくる。佳代だけでなく、倫子も黙り込んでしまった。

『はい。分かっております』

会長の目を真っ直ぐ見て、答える。

「そうか、それなら良い」

会長がワイングラスの中身をグイと飲み干した。赤く染まった口元がとても不気味だ。

しばらくして、凍りついた場の空気も和らいだ。

「会長、次は何を飲まれますか?」

佳代が気を利かせて、ボトルのリストを持ってくる。

「ふむ。今日はもう十分」

会長が黒服たちに、目で合図を送る。

「会長! もうお帰りなんですか!?」

倫子が猫なで声を出す。

「お前も来るか?」

「はい! 会長! ぜひ!」

この子……、自分が言っていることの意味、分かってるの? スタッフの子達は家族も同然。会長の毒牙にかかるのは、私一人で十分よ……!

『ちょっと、倫子ちゃん、まだお仕事中よ』

「構わん!おい、借りてくぞ」

会長がピシャリと言い放つ。そして間髪入れず、倫子が会長の腕に絡みつく。

「ママは会長を私に取られないか、心配してるんですよ」

私に聞こえるように、会長に耳打ちをする。

……馬鹿ね、倫子。私が心配しているのは、あなたの方なのよ。私と同じように、“籠に囚われる鳥”のようになっても良いっていうの?

会長と倫子はそのまま店の外に消えていった―――

「倫子ちゃん、大丈夫かしらね……?」

佳代が心配そうに聞いてくる。

『分からないわ。でも、あの子が選んだことだから』

口ではそんなことを言いつつも、もしもあの子に何かあったら、私が守ってあげなくちゃ……と不安になる。

倫子が“会長の闇”に飲み込まれるのだけは、阻止したかった。

「ママ、次のお客様がお見えです」

―――今日も、お店は大盛況。でも私の心は、どこかうわの空だった。

23時……か。

今夜は少し早く切り上げて、倫子に連絡を入れよう。

『佳代ちゃん、ちょっと良いかしら?』

お客様と少し離れた場所から、佳代を呼ぶ。

「どうされました、ママ?」

『今夜は早く上がっても大丈夫かしら? 倫子ちゃんのことが心配で』

「えぇ、分かりました。後のことはお任せ下さい」

お店のことも大事だけど、倫子のことを放っておくことはできない。

「あれっ? ママ、もう帰っちゃうの?」

池田さんが、ほろ酔いで聞いてくる。

『ええ、申し訳ありません。このあと少し用事がありまして……』

「そんなぁ~。今夜はアフターしたかったのになぁ~」

『ごめんなさいね』

「もう~今度絶対同伴してね! 同伴!」

こうやって、私に会いに来てくれるお客様がいるのは嬉しい。でもそれは、私が“銀座のママ”だからだろう。悲しいかな、“会長の鳥籠”が立派なのよ。

―――タクシーを店の前に待たせている間、お客様に挨拶を済ませる。

こうして見ると、本当にいいお客様ばかり。ホステスも皆、私を信じてついてきてくれるわ。この“雪月華”で働けたことは、私にとって人生の宝ね…。

―――だけど、もしかすると私は、もうここで働けなくなるかもしれない…

店内を見回して、何故かそんな想いにかられた。

『それじゃあ、後のことはよろしくね』

佳代に、ひと言声をかけ店を出た。タクシーに乗り込み、すぐに倫子に連絡を入れる。

『ハァ……』

少し溜息が漏れる。

倫子は若い。度胸もあるし、華もある。でも、男の怖さをまだ知らないわ。

“老婆心”なのかもしれない。でも、“会長の闇”に一度飲み込まれたら、あの子はきっと立ち直れないだろう。

マンションに到着し玄関の扉を開けると、飼い猫のチカが待っていた。足音で私の帰りが分かったのだろう。

『ただいま、チカ』

荷物を置き、空っぽのお皿にキャットフードを入れる。

カラカラと乾いた音が、部屋の中に響く。

―――まだ倫子から、返信はない。


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【今回の主役】
須藤由紀(絢芽) 蠍座30歳 クラブホステス
豊満な肉体を持つセクシーな女性。貧しい幼少期を経て、自分の身体一つを武器に若い頃から水商売の世界でトップを取り続けてきた。さまざまな男性と情事を重ねる日々の中で、自分の生き方に疑問を感じ、男と女の化かし合いに疲れている。このまま、夜の世界の女帝となるか、それとも……。


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