職場恋愛「悩める乙女心」|12星座連載小説#78~山羊座9話~

文・脇田尚揮 — 2017.5.17
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第78話 ~山羊座-9~


前回までのお話はコチラ

思いもかけない北野先生の言葉に、私の思考は停止した。

これって、デートのお誘い……よね? 頭の中が一気にグルグルする。

嬉しいけど、嬉しいんだけど、そんなに私、自信ない。

うう~ん……。

「いやぁ、ハハッ。そんな難しい顔しないでくださいよ、山崎先生! なんか無理言っちゃったみたいで、申し訳ないです。

……ほら先生、しっかりされてるから、きっと僕と違って、栄養とか考えていらっしゃるんだろうなって」

“僕”か。

頭をかきながら、申し訳なさそうな顔をしている。

―――そうだった、この人は私よりも年下で“後輩”だったんだ。

そう考えると、気が楽になった。

なんだか私、一人で難しく考えてしまっていたみたい。期待し過ぎて緊張してしまっていた。

『あぁ、ごめんなさい。そうですね、行ってみましょうか』

なんだか急に、可哀想になってきて、OKした。

「本当ですか! では、日時は……」

「朝礼をします」

教頭先生の声が遮った。いつの間にか、朝礼の時間になっていた。

いかんいかん、浮かれてた。私は教師なんだ。

……なんて思いながらも、ドキドキしていた。

朝礼後、北野先生は1限目の授業があるらしく、片手で「ゴメン」のポーズを作って職員室を出ていった。今日は2~4限目に授業が入っている。準備はもう万端だ。

ふぅ……。OKしちゃって良かったのかなぁ。

同じ学校の教師同士が、フードコートで食事だなんて、どうなんだろう……。

まぁ多分、さあやに相談したところで「先生だって人間なんじゃん?」の一言で片付けられてしまうんだろうけど。

ただ、何だか緊張の糸がほぐれた。私はいつも行動する前に考え込んでしまう癖があるから。

“年下”って不思議だ。

普段男性に対して感じる、“ハードル”が1レベル下がるというか、何だか自分が世話を焼いてあげないといけないって気持ちになるというか……。

心の鎧を脱がされる感覚。今まで感じたことなかった。

それからお昼休みまでは、普段と何ら変わらない平和な時間が過ぎていった。

ただ一点、関係代名詞「Which」の訳を、授業中間違えてしまうという“失態”を除いては。

やはり、どこか気持ちがソワソワしているのかもしれない。

――キーンコーンカーンコーン

お昼休みのチャイムが鳴る。

何だかすごく頭を使ったような気がする。普段通り過ごしているんだけど、常に北野先生のことが頭から離れていないからだろう。

……お弁当、たべよ。

廊下をフワフワ歩いていると、英語サークルの飯山さんとすれ違う。

「せーんせっ!」

『こんにちは飯山さん』

「先生、どうしたの?」

『ん、何が?』

「いや、今日先生可愛いなって思って」

――え?

「男子たちも言ってたよ、今日、“山崎なんかちげー”って」

『もう!』

「それじゃ、先生、またね~!」

うーー! なに、なにそれ……!?

生徒からの「可愛い」という言葉に、ものすごく複雑な気持ちになる。

決して悪い気はしないけど、教師としての“コケン”に関わる……。生徒の前で“オンナ”を出してるってこと? それってどうなの。

なんかヤダ……。

なんとも言えない気分のまま、職員室に戻る。

案の定、北野先生がいた。爽やかに、ニコーッと笑いかけてくる。

なんかもう、どうしよう私……。彼の無邪気さに、ついていけていない自分がいる。

席に戻り、お弁当箱を鞄から取り出す。

「あ、山崎せんせ……」

北野先生の声を無視して、お弁当箱を持って職員室を出る。

あぁ、もう……! 何してるんだろう、私。いろいろ難しい。

とりあえず、誰もいない体育館裏で、ひとりお弁当を広げる。

今日一日、いろんなことがあり過ぎて、頭も心も追いついていない。でも、お腹はすくものだ……。

体育館の裏で一人、お弁当をモグモグと頬張る教師。まるで、ハブられているかのような惨めな光景だ。

大根の煮物が美味しい。

一人になったことで、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。

そして、最後の一つを箸で掴もうとしたその時―――

「山崎先生!」

空気を切り裂くように、男性の声が体育館裏に響いた。

えっ、と思って顔を上げると、北野先生が日本刀のような、冷たく鋭い気を放って立っていた……。普段の“穏やかな年下好青年”という雰囲気は微塵も感じられない。

そのまま、私のほうに歩いてくる。逃げようと思っても、あまりの威圧感に身体が動かず、目を逸らすことしかできない……。

彼は、私の前にしゃがみ込み、「先生、僕の目を見てください!」と声を荒げた。

魔法にかけられたかのように、顔を上げた私。

「どうして、逃げたんですか」

父親が娘に諭すように、穏やかさの中に厳しさを感じる口調で問いただされた―――

山羊座 第3章 終


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【今回の主役】
山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)
生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。

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