「職場の男」に恋をした…|12星座連載小説#77~山羊座8話~

文・脇田尚揮 — 2017.5.16
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第77話 ~山羊座-8~


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時計のアラームが鳴る前に、目が覚める。窓の外はまだ薄暗い。

今日は仕事……ということで、必然的に北野先生と顔を合わせることになる。

どんな顔して会えばいいものか、色々とシュミレーションしてみたものの……結局答えは出ず。私らしくないな。

かなり早起きしてしまったので、夕飯の準備でもしようかしら。ボーッとしてても、色々考えちゃうし気分転換も兼ねてね。

幼い頃から、何事も事前準備をしっかりとする性分だった。

“遠足”の時なんか、準備にものすごく時間をかけていたものだ。

300円以内のお菓子は一体何にしたら良いのか、体調が悪くなったときに備えて何を持って行くべきか、とかあれこれ考えているうちに、結局リュックがパンパンになってしまってお母さんから叱られたっけ。

でも、“恋愛”はなかなか準備がしにくいので苦手だ。

最終目標は、そりゃ“結婚”なんだろうけど、そもそもそこまで至らないことだって普通にある。

浮気や不倫といった、自分ではコントロールできないこともあれば、一回ダメになって復縁という想定外のことだってある。最終的に幸せにたどり着かないケースだって……。

いくら事前準備しても、対応しきれないのよね……。3年前に付き合った志田さんのことを思い出した。

良くも悪くも私と似たタイプだった彼。

相手の反応や出方を見て、自分のアクションを決める性格だった。

うまくいくかと思いきや、自己主張することがない二人だから、お互いがどうしたいのか分からず……、最終的に常に“探り合い”みたいな状況になって自然消滅しちゃった。

“似た者同士は上手くいく”って聞いたことがあるけど、私の経験上、それはウソ。

私のような性格の人間は、リードしてくれるひとや、考えていることがすぐに顔に出てしまうような正直な人とじゃないと、上手くやっていけないのよ。

――味噌汁が沸騰しかけていた。

『あっ、いけない!』

急いで火を消す。考え事しながらの料理はダメね……。

しばし、料理の手をとめる。

北野先生はどうなんだろう。

彼は生徒たちからも人気があるようだ。以前、廊下で女子生徒たちが北野先生のことを「カッコイイよね!」と言っているのを聞いたことがある。剣道部の顧問としても、男子部員から信頼を集めている。

私のことも、引っ張っていってくれるかな。

頬にポッと赤みがさした。私、恋してるのかな……。

気づくと、時計の針が6時半を指している。もうこんな時間かぁ。

北野先生のことを考えていると、どうもペースが乱れちゃう。さっさと準備しよう。

――いつもより少し早めに家を出る。

自転車で、いつもの保育園を通り過ぎる。今日はあの若い先生、いないわね。少し寂しい気持ちになった。

自転車に乗るのは好きだ。風を感じながらペダルを漕いでいると、雑念も吹き飛んでいくような気がする。

20分ほどで、学校が見えてきた。

いよいよ、ね。北野先生は朝練があるから、既に出勤しているだろう。

教師専用の駐輪場に自転車を停め、校舎に……入る前に、体育館へと向かう。

「職員室はそっちじゃない」と、頭では分かっているはずなのに、足が言うことを聞いてくれない。

“好奇心”が私の身体を支配しているのだ。

体育館の外窓から、館内をそっと覗いてみる。

防具をつけた生徒たちと、紺の袴に身を包んだ北野先生の姿が目に入る。朝練はもう終わっているようで、北野先生が部員たちに何か話している。

おそらく、大会に向けての心構えか何かだろう。

凛々しい……。

先日のポロシャツ姿の北野先生も新鮮だったけど、袴姿の北野先生はとても男らしく、いつにも増して素敵に見えた。

これまで知らなかった、北野先生の一面を見た気がした。

いつまでも見ていると、“不審者”に間違われかねないので、私はその場を後にした。

職員室はガランとしている。まだ早い時間だから、先生たちは少ない。私はちょっとわざとらしく、書類整理や授業準備をしながら、彼が入ってくるのを待つ。

ガラ――

「おはようございます!」

(き、きたぁー……)

職員室のドアが開き、威勢のいい声が聞こえてきた。

彼はゆっくりと近づいてきて、私の席の前で立ち止まった。

「山崎先生、おはようございます」

『北野先生、おはようございます……』

顔を見ることができない。

「先日は奇遇でしたね」

顔を上げると、にっこり笑顔の彼。白い歯が見えている。

『え、ええ!』

「先生は、デパ地下好きなんですか? 僕、独り身なもので、家での食事はデパ地下の惣菜で済ますことが多いんですよ。料理は苦手だし、コンビニのものは身体に悪そうなんで」

『私もデパ地下好きですよ。色々な料理が並んでいて、ちょっとウキウキするというか……』

私は自炊がメインだから、そこまでデパ地下を利用しない。でも、ウソはついていない。

「そうなんですね! デパ地下にフードコートが併設されてる、おススメのお店があるんですけど、良ければ今度行きませんか?」

――その発想はなかった。

――この展開は読めなかった。

私、どうしよう……


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【今回の主役】
山崎千尋 山羊座30歳 高校教師(英語)
生徒からの信望も厚く、仕事ができる「良い先生」。ただ、他人に甘えるのがヘタなので誤解されることも。大学時代にアルバイトをしていた塾で、塾長にセクハラを受け続けた過去がトラウマになっている。自分に恋をする資格が無いと思っており、結婚願望はある一方、身動きできない。後輩の北野俊一から好意を持たれているが、気づいていない様子。

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