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「結婚」という選択は正しいのか|12星座連載小説#68~乙女座5話~

文・脇田尚揮 — 2017.4.28
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第68話 ~乙女座-5~


前回までのお話はコチラ

マンションのエントランスで、彼の部屋番号を入力しコールする。

ほどなくして、「いらっしゃい」という彼の声が聞こえてきた。

同時にロックが解除される。

彼の部屋は高層階にあるので、4機あるエレベーターのうち一番奥のものに乗り込む。

このマンションは、屋上に温水プールやジムがあり、ミーティングルームやバーなんかも入っている。真司さんほどの若さで、こんなところに住めるなんて……本当にすごいことだと思う。

『プロポーズ……されてるのよね、私』

もしお受けしたら、幸せな生活が約束されている。働く必要もなく、好きなことをしながら主婦として彼の帰りを待つ。そんな毎日なのだろう。

それと引き換えに、救急病棟で1分1秒を争って怪我人や病人と向き合う毎日はなくなる。それは、自分としては寂しい。

一人の男性に大切にされ、その人のために生きるのが幸せなのか、それとも不特定多数の人ために尽力するのが幸せなのか……。

――ピンポーン

「開いてるから、入って~」

真司さんの声。

中に入って鍵をかける。

鼻腔をくすぐるデミグラスソースの香り……。彼は料理を作っている最中だった。

「やあ、ごめんね。今、一番大事なとこ」

“よっ”と慣れた手つきで、フライパンの卵を返し、ライスを綺麗に包む。趣味が料理だなんて、本当に“出来た”彼。私には勿体無いくらい……。

『ごめんね、連絡遅くなっちゃって』

「いやいや、緊急病棟は大変だろうからね、お疲れ様。もう出来上がるから、そこのワインを開けて飲んでてよ」

ワインクーラーを指差す。

コルク抜きとグラスを二つ。それと、これかな。“シャトー・グロリア”と書いてある赤ワイン。

彼はかなりのワイン通。昔はよく分からなかったけど、選ぶ“切り口”さえ決めれば、赤ワイン選びはそれほど難しくないよって教えてくれたのよね。

「高級ワインと同じ産地の赤ワインを選ぶ」

彼から教わったことのひとつだ。

“5大シャトー”で有名なフランスのボルドー地方や、気候に恵まれたブルゴーニュ地方なら間違いないって言ってたわね。

『よい、しょ』

ラベルにラッパを吹く天使が描かれたボトルから、“ポン”と心地よい音を立てて、コルクが抜ける。

トクトクトク……

少し高めの位置から、グラスに紫色の液体を注ぐ。

二人分のグラスが満ちるのと、彼がカウンターキッチンの向こうからオムライスを差し出すのは同時だった。

「お待ちどうさま」

トロッとした半熟部分と、フワッとした部分が絶妙。そして、その上にキラキラ輝く褐色のソース。

『真司さん、相変わらず上手ね』

「これだけは得意だからね。さ、冷めないうちに食べよう」

額にうっすら汗が浮かんでいる。私のために急いで準備してくれたのね……。

『いただきます』

スプーンでライスと卵をすくい、そこにソースを絡め口へ運ぶ。

『むむ!』

彼が二ヤッと笑う。

『味、少し変わった? 美味し~!』

「隠し味に、ウイスキーと干し椎茸を入れてあるんだよ」

『へ~! 上品な香り……、少し懐かしい味もする。これ、お店で出せるレベルなんじゃない』

「まさか」

ワインを口に含んで、嬉しそうな顔をしている。

奥二重の瞼に尖った鼻、薄い唇……真司さんは細身で頼りなさそうに見えるけど、いざという場面ではとても男らしい。まだ30代前半なのに、何でも一人で出来るのは、早くにお母様を亡くしているから。

私に少し似ているって言ってたな……。

彼の心の痛みを取り除いてあげられるのは、私……しかいないのかも。そんなことを考えていると、美味しいオムライスが、複雑な味になっていく。

「どうした?」

『え、ううん、何でもないよ。味わっていただけ』

ブンブンと横に首を振る。

「食べ終わったら、映画でも観ようか」

彼との穏やかな時間が流れる。でも、少しも“プロポーズ”については、触れないでいてくれた。彼は私が嫌がることは一切しない。セックスの時だってそう。いつも優しくしてくれる。

でも……、待たせているのよね。

“保留”という名の、狡い選択をし続ける自分が、少し嫌になった

食後の片付けも、全て彼がしてくれる。以前、私がやろうとしたら、「お客様にそんなことさせられないよ」と言いながら、食器洗い機にお皿を入れてたっけ。

『シャワー借りてもいい?』

「うん、良いけど返してね(笑)」

たまにギャグを言ったりするところも、彼の魅力。ただ真面目なだけじゃなくて、相手の緊張をほぐすための気遣いも忘れない人。

眼鏡を外して洗面台に置く。バスルームの中は広くて清潔。必要最小限のアメニティが並べられている。

シャワーのコックをひねり、熱い飛沫を身体に浴びる。

『好きなんだけど、な……』

独り言をぽつりと呟く。

――「沙耶、俺も入っていい?』

(えっ!)

バスルームの向こうから、彼の声がした。



【これまでのお話一覧はコチラ♡】

【今回の主役】
鈴木沙耶 乙女座30歳 看護師
眼鏡の似合うクールビューティーだが、理想が高くいわゆる完璧主義者なところが恋を遠ざける。困っている人を助けたいという思いから、看護師として8年間働いている。しかし、理想と現実のギャップに悩んでおり、さらに自分を高めるために薬学部に行こうと考えている。結婚願望はあるのだが、仕事や夢が原因で彼(辻真司)とうまくいかない。


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