「オトコの理屈」と「オンナの本音」|12星座連載小説#63~蠍座6話~

文・脇田尚揮 — 2017.4.21
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第63話 ~蠍座-6~


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池田さんのうんちく話を遮り、のれんをくぐる。

「どうも、予約していた池田です」

少し狭い店内に、いかにも職人気質な店主と、まだ20代前半と見られる若い見習いが2人で黙々とお寿司を握っていた。お客さんはと言うと、少しポッチャリした女の子が、思いつめた様子でお寿司を頬張っているわ……何かあったのかしら。

「こちらです」

見習いの男の子に促され、席に着く。

銀座で同伴となると、お寿司をご馳走になることが多い。その時、注文の順番なんかからも“育ち”が分かる、なんて言われているけど……正直私はあまり気にしたことはない。

最初にマグロを注文してしまうと、脂でその後のお寿司の味が分からなくなるとか、玉子でその店の力が分かるとか、男達にとっては、重要なことなのかもしれないけど、女にとってはどうでもいい。好きなものを好きなだけ食べればいいじゃないって思うわ。

ただ、お客様とご一緒させていただいている以上、男の人に恥をかかせるような食べ方はしないけど。

「大将、“いつもの”お願いします」

お。“いつもの”きたわね。

人によっては、たいして通ってもないのに「いつもの」って言って、店主から怪訝な顔をされる方もいるわ……あれはバツが悪いわよね。でも、本当にそのお店の“常連”と言えるくらいなら、これほどスマートな注文の仕方はないわよね。

『池田さんは、よくこのお店にいらっしゃるの?』

「ああ、いや、ハハハ……。親しい教授が九州の方で水産学の教師をやっていてね。魚のことにとても詳しいんだよ。で、その彼から紹介されたお店がここなんだ。彼が大将に“いつもの”って注文するもんだから、僕もいつの間にか真似してお願いするようになったんだよ」

なるほど。でも、なんというか……率直で、好感が持てるわ。

男は女の前だと、どうしてもカッコをつけたがる。時には嘘をつくことも。でも、池田さんは誠実で、信頼できるわ。……ちょっとズレているけど。

目の前に並んだのは……鯛。それからマグロ、コハダ、イカ、イクラ、玉子、ホタテ、エビ、サーモン、ウニ、そして最後に出てきたのが、かっぱ巻。

なるほど、初めに淡白な白身、次に赤身、からの濃厚な素材、玉子でアクセントをつけて、また淡白なものから濃厚なものへ、そして最後にサッパリしたかっぱ巻きでしめるという感じね。

隣で池田さんが、ずっと水産学の話をしている。正直よく分からないけど、耳は傾けておく。専門家のお話って、ふとした時に役に立つから。常に学ぶ姿勢は忘れない。

「あ~、美味しかった! じゃあ、ママそろそろ行こうか。すみません大将、お会計お願いします!」

うふふ。“お会計”ね。カワイイ。やたら“通”ぶって“お愛想”なんて言う人がいるけど、あれはマナー違反。香水をプンプンさせながら寿司屋に連れて行ってくれた社長もいたけど、あの時間はサイアクだったわ。恥ずかしかった。

その点、池田さんは何も飾らないから理想的。

『池田さん、御馳走様でした』

――店を出て、一緒にタクシーに乗り込む。

「銀座8丁目まで」

池田さんのエスコートが有難い。

時間は、19時を回っている。女の子たちがオープンの準備をしてくれてる頃ね。ちょうど良いわ。倫子ちゃんに話しておきたいこともあったし……。

倫子は、うちの稼ぎ頭。少し気が強いけど、そこがお客様に気に入られて、彼女と飲みたいっていう方も多いわ。でも、最近少し調子に乗りすぎているの。お客様に対して失礼な発言も多くて。売上も落ちてきてる……。

かなり年配の方はニコニコ許してくださっているけど、中堅のお客様には、ムッとされてしまうことも少なくない。

私たちホステスは、お客様にスポットライトを当てる存在なのであって、自分が輝く立場にはないわ。そこを倫子にはキチンと理解してもらわなくちゃね。

――タクシーの中で、今日1日の流れを組み立てを考えていた。

「ここでお願いします」

お店の筋でタクシーを降り、池田さんと一緒にお店まで歩く。

「ママ」

『はい』

「銀座ってのは、良いね。ロケーションが良い。僕が飲めるようになったのは、ホント最近のことでさ。准教授から教授になって、やっとだよ。何ていうか……まだまだ背伸びなんだけどね」

『どうでしょうね』

「え?」

『あ、御免なさい。ただ、ステータスがあるから銀座で飲めるんじゃなくて、銀座で飲んでいるうちに、それに見合った風格が出てくるっていう考えもあるんじゃないかなって』

「……なるほどね。ママの言うことは深みがあるね」

そう、私が「マリア」から「絢芽」になったのも、まさにそんな感じ。銀座で働くようになり、この場所に見合ったホステスに成長した。決してホステスとしての格が上がったから、銀座に移ったんじゃないわ。

店の前に着いた。

ドアを開けて、池田さんと中に入ると……

私を籠に閉じ込める男、“会長”の姿が、そこにはあった―――

蠍座 第2章 終



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【今回の主役】
須藤由紀(絢芽) 蠍座30歳 クラブホステス
豊満な肉体を持つセクシーな女性。貧しい幼少期を経て、自分の身体一つを武器に若い頃から水商売の世界でトップを取り続けてきた。さまざまな男性と情事を重ねる日々の中で、自分の生き方に疑問を感じ、男と女の化かし合いに疲れている。このまま、夜の世界の女帝となるか、それとも……。

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