銀座の女が語る「男の品格」|12星座連載小説#62~蠍座5話~

文・脇田尚揮 — 2017.4.20
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第62話 ~蠍座-5~


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銀座に着いた。

あれこれ考えても仕方ない。今晩の仕事こそが、今の私にとって大切なこと。

ひとまずお店に行って、身支度と仕込みをしなくちゃ。

確か……、今日は池田さんと5時から同伴ね。少し急ごうかしら。

早足で、私の店である『雪月華』へと向かう。

小料理屋などで栄える『銀座通り』を少し裏に入った筋に、私のお店はある。最近のクラブのようにハデな看板やネット広告などを出すことは一切していない。

どんなに見栄えが良くて華やかでも、結局中身が伴っていないと、お客様は離れていくということを経験から知っているからだ。

逆に、当たり前のことを当たり前にやっていれば、どんな立地でも客足が遠のくことはない。……それは母を見て感じていたこと。

ガチャ

店の鍵を開け、まずは出納管理から。……お金の方は問題ないわね。領収書などを見て1円単位まで細かくチェックする。

昔、クラブのお金を持ち逃げした女の子の話を聞いたことがある。優しさだけではお店は務まらない。

ことお金に関してはシビアなぐらいがちょうどいいのだ。「金の切れ目が縁の切れ目」という言葉は、あながち間違っていないと思う。

みんなと仲良くやっていくためにも、お金だけはママである私がキチンと管理しておく必要があるわ。

出納はOK。あとは……お客様にお出しする“おつまみ”ね。

“おつまみ”に関しても私なりのこだわりがある。クラブによって様々だけど、うちの場合は小鉢を数品作って、冷やしておく。

中にはスナック類をお出しするところもあるみたいだけど、私から言わせれば“邪道”。どんなに忙しくても、“きんぴら”や“おひたし”を準備しておくのがお客様への“おもてなしの心”。もちろん、スーパーの惣菜なんかは論外。

顔を知っている人の心、手が加わったものこそ、男の心を動かせるの。

『今日は、みょうがの酢づけと、きんぴら。昨日の残りのほうれん草のおひたしに、塩ゆでピーナッツの4品でいこうかしらね』

独り言がこぼれる。

料理を作るのは、結構好きだ。母がいつも鼻歌交じりに作っていたのを思い出す。

……作り始めること20分。我ながら手際がいい。

あとはフルーツを、女の子たちに切っておいてもらおうかしらね。

『よし、おしまい!』

今日の“おつまみ”を冷蔵庫に入れ、手を洗う。

『そろそろ時間ね……』

スマホを見るけど、まだ池田さんから連絡はないわね。

池田さんは、私立大学で日本史を教えている教授さん。私がこのお店を始めた頃から通い続けてくれている常連さんだ。穏やかでいつも落ち着いてるけど、少し変わってるのよね。だからかしら、40代でまだ独身。

「ママの雰囲気が好き」って言って、毎週お店に来てくれるの。

この仕事をしていると、“男の品格”というものが手に取るように分かる。

それほどお金持ちじゃないくせに、威張り散らす中小企業の専務。女に貢がせたお金で“贅沢をしてみたい”ホスト。つい最近、ITで成り上がった“インスタント社長”。

いろんな男がいる。

私が本当にイイ男だと思うのは、どんなときも他人への配慮を忘れない人ね。

……謙虚な人ほど、実は偉くって、そして怖い。

一瞬、会長の顔が浮かんだ。そう、怖いものなのよ。

支度をして、待ち合わせ場所に向かう。池田さんはあまり香水の類を好まないから、つけない。お着物が好きなんだけど、今日は時間がないからカジュアルで。

男の人って、ホント可愛いものね。

約束の時間より10分早く着いた……が、池田さんは既にいた。少し焦る。

『池田さん、御免なさい。お待ちになられました?』

「あ、いや……」

『私の方からご連絡差し上げようかと思ったのですが、ご迷惑になってもいけないので』

ある程度ステータスのある方には、決して私からコンタクトを取ることはしない。これも、経験から学んだこと。

「いえ、私が早くに着いたもので。ママが謝ることはないですよ」

『池田さん、いつも“先んずる者は人を制す”ですものね』

彼がお酒を飲むと、いつも言うフレーズだ。

「あっはは……、では行きましょうか」

ご機嫌になってくれた。

男性の口にする言葉には、必ず意味がある。どんなにたわいもない言葉にも、その人の“人生観”が反映されているのだ。

それをくみ取れないようなら、いつまで経っても“一流”にはなれない。洞察力を鍛えておかないと、夜の仕事は務まらないのだ。

池田さんとタクシーに乗り、西麻布へ向かう。

今日は“お寿司”だと聞いている。

お店の前で降り、そのたたずまいに注目する。

……“知る人ぞ知る”っていう感じのお店かな。こういうところが、実は1番美味しいのよね。

『池田さん、今日はお寿司なんですね』

「あ、ああ。前にママがエンガワを好きって言っていたのを覚えていて……」

『まぁ! 有難うございます!』

「エンガワといえば、旧日本家屋の“縁側”にちなんだネタで……」

池田さんのうんちくが始まった。でも、池田さんのこういうところ意外と私は嫌いじゃない。

「で、当時の日本家屋は、厠に至るまでの長さからの便宜性から……」

『池田さん!』

「は、はひぃ!」

『お店、入りましょ』

男は理屈が好きだ。女を誘うのにも、必ず何かしら理由をつける。でも女は、そんな理屈はいいから、早く本題に入って欲しいと思っている。

店の前で講釈を垂れる池田さんを、お店へと促した。



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【今回の主役】
須藤由紀(絢芽) 蠍座30歳 クラブホステス
豊満な肉体を持つセクシーな女性。貧しい幼少期を経て、自分の身体一つを武器に若い頃から水商売の世界でトップを取り続けてきた。さまざまな男性と情事を重ねる日々の中で、自分の生き方に疑問を感じ、男と女の化かし合いに疲れている。このまま、夜の世界の女帝となるか、それとも……。

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