ガードが堅い「代官山・童貞ボーイ」|12星座連載小説#44~天秤座5話~

文・脇田尚揮 — 2017.3.27
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。

【12星座 女たちの人生】第44話 ~天秤座-5~


前回までのお話はコチラ

『あっ、薫さんだ』

LINE送信から10分ほどして、薫さんが息を切らしながらスタバに駆け込んできた。

――ニッコリ、小さく手を振ってあげる。

「ハァ、ハァ……すみません。お待たせしました……」

よほど急いでくれたのか、メガネが鼻の先くらいまでズレ落ちている。

カワイイ! 私のために走ってきてくれたのね。

「フゥ……時間も時間ですし、手短に説明できたらと思います……デザインの“何”に関してのご相談でしょうか?」

『あっ、ああ! あの……その件はさっき解決しました。わざわざ来てもらったのに、ごめんなさい。お詫びに静かなバーで一杯ご馳走させてもらえませんか?』

「そう……ですか……」

薫さんが落胆の表情を浮かべる。どうやら本気でデザインの相談だと思っていたらしい。なんてマジメな人なんだろう。

「すみません、もしよかったら何が解決されたのか詳しく聞かせてもらえますか? 私にとっても、学びになるかもしれません」

どうしよう、デザインのことなんて私よく知らないし……。ただ、薫さんを呼び出す口実だったんだけどな……。

あ! そうだ!

――閃いた。

『あの、私アパレル販売部門なんですけど、ここ最近少しサイトの売り上げが伸びていなくて……。ファッションやアクセサリーが映えるような配色やデザインを知りたかったんです』

うん、これなら嘘じゃない。恭子ちゃん、賢い!

「なるほど! そうだったんですね!」

突然薫さんの顔がパアァ…と明るくなり、メガネの奥の瞳が力強く光った。

「分かりました。そしたら、こんな組み合わせはどうでしょうか」

カバンの中から、タブレットを取り出しデータを探し始める。

『あ、でももう解決したので……』

……何だか面倒なことになってしまったかも。

というか、飲み物も注文せずに立ち話を続けるのは、マズい……

「解決というと、どんなカラーバランスで決めたんですか? アイテムやシルエットによっても微妙な視覚効果があって、シーズン毎に消費者の購買意欲をくすぐるためには……」

何だか難しい話になってきた。

『あの、薫さん、すいません。ここで話すのはちょっと……』

「あ! すみません、つい」

『少し場所を変えましょ?』

取りあえず主導権を握らなきゃ。朝までこんな感じで終わるのはイヤ。

――道玄坂を少し登った先にある行きつけのバーへ。

ドアを開けると、磨き上げられたカウンターとお酒のボトルたちが私たちを迎える。

ほのかに暗い照明にうっすらと流れるムーディーな曲。一気にアダルトな世界に変わる。ここはいつ来てもハズレないわ。これまで何人も男を落としてきた、いわば“私のホーム”よ。

『座りましょうか?』

「ええ…はい」

さすがの薫さんも、ここに来ればおとなしくなるはず。

取りあえず、注文しなきゃ。

『私はセックス・オン・ザ・ビーチを下さい。薫さんは?』

ウフフ……“モテ女のカクテル”といえばコレ。まずはこの注文で男心をくすぐるのがいつものやり方。

「え~と、ボクはビールで」

え~! ここに来てまたビール!? さっき飲んだじゃない、ここは“ギムレット”とか“コスモポリタン”でしょ……。スマートに“マティーニ”でも良いじゃない。

はぁ、……何ていうか、薫さんって、こういうとこ来たことないのね、きっと。

「恭子さん、終電まであと30分くらいなので、15分で解決しましょう!」

ちょ……何、この人。まだデザインの話をする気? 真面目もここまでくると、メンドくさい。

実はキャラ狙ってるの? そういうのイイから! 早く“大人の時間”に切り替えなくちゃ。

『薫さんって、どこに住んでるんですか?』

彼の提案には反応せず、こちらから質問をする。

「ボクは代官山なので、ここから歩いても帰れます。恭子さんは?」

『え~偶然! 私もそっち方面なんです~。だから時間の心配は大丈夫。』

大ウソをつきながらウインクしてみせる。本当は吉祥寺なんだけどね、まぁ“嘘も方便”よ。

……ていうか、薫さんって代官山メンズなの!? なんて素敵なの! これはかなり期待できそうね。

「なら、大丈夫か。で、ですね、これまで私がコンサルした中に、ちょうどアパレル系で大きく売り上げを伸ばしたケースがあって、それが今回の恭子さんのサイトでも比較的再現性が高く……」

――もう、彼の話は耳に入ってこない。

目の前の男が、憧れの“代官山暮らし”という現実に、私の頭の中は持っていかれているのだ。

それから15分、彼はずっと一人でしゃべり続け、ポータブルPCで色々とデータを見せてくれた。

これで終電も、もう間に合わないわね。……そろそろ攻めようかしら。

ドリンクを傾けながら、艶っぽい視線で……

『ねぇ…薫サン…』

彼の太ももの上に、ちょこんと手を添える。

「……」

一瞬ビクリとした彼は、硬直して無言のままだ。

『明日って、予定あります?』

「……っぁります!」

『そうなんだ……今から薫サンの家にいっちゃ……ダメ?』

「ダメですっ!」

『えっ』

「えっ」

『……どうして?』

「両親がいますから」

『は…ハァ』

急速に冷めた。

それからは、まさに“お葬式”だ。

ただ飲んで、バーで支払いを済ませ、代官山まで歩く。

「それじゃあ、恭子さん! また何かあれば、いつでも相談に乗りますよ!」

満面の笑みで帰っていく彼。そしてそれを引きつった笑顔で見送る私。

トボトボ歩いて、タクシーを拾う。ここから吉祥寺までだと、5,000円はかかる。バーの支払いと合わせると1万円近くの出費。

これまで男と飲んで、私がお金を出したことなんてなかったのに……私の経歴にキズがついたわ。

――フツフツと怒りがこみ上げてくる。

なんっだよ! アイツ、実家暮らしかよ! 30歳にもなって、ママとパパと一緒に住んでんの!? 何ソレ、ありえない! 早く言えよ、もう~。

だから“代官山ボーイ”は、いつまでも童貞のままなのよ。

深夜1時半。頭の中で、そんな捨て台詞を吐いた。



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【今回の主役】
佐々木恭子 天秤座27歳 アパレル店員
センスがよく整った容姿の女性。男に困ったことがなく、広く浅く男性と付き合う、いわゆる“リア充”である。将来の夢は玉の輿に乗ることで、毎週タワーマンションで催される会員制パーティー『ロイヤル・ヴェイル』に参加している。仕事仲間からは陰口を叩かれているようである。

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