会社を辞めて、こうなった。【第41話】 現代のマインドフルネスブームに欠けているもの。

2016.11.17
マインドフルネス実践を続けるなかで、筆者・土居が陥った疑問。「ひょっとしてマインドフルネスって私たちを幸せへと導くというよりもむしろ自己チューにしてしまうのでは?」と。ではマインドフルネス実践に不可欠なものが何か、考えてみました。

【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 41

 

【第41話】現代のマインドフルネスブームに欠けているもの。

“ハートを開いて生きることは痛みを伴います。けれども、心を閉ざして生きる痛みほどではありません“(ジム・ドーティ)

トランプ大統領が誕生した翌日、バークレーの街を歩いていると『Go back to China! (中国に帰れ!)』とホームレスの男性に叫ばれる。”Love Trumps Hate(愛は憎しみに勝つ)“。こんなときだからこそコンパッションの実践が重要だと痛感。ちなみに私は日本人だから中国には帰れないんだぞ。
トランプ大統領が誕生した翌日、バークレーの街を歩いていると『Go back to China! (中国に帰れ!)』とホームレスの男性に叫ばれる。”Love Trumps Hate(愛は憎しみに勝つ)“。こんなときだからこそコンパッションの実践が重要だと痛感。ちなみに私は日本人だから中国には帰れないんだぞ。

空前のマインドフルネスブームに警鐘を鳴らす。

1979年、マサチューセッツ工科大学分子生物学の博士号を取得したジョン・カバット・ジン博士がマインドフルネスをベースにしたストレス軽減プログラムを開発。仏教の教えから派生したこのメソッドが日本にも逆輸入され、30年以上の時を経て2012年には日本マインドフルネス学会が設立された。マインドフルネスの生みの親とも言えるアメリカではストレス軽減、ダイエット、生産性の向上のためのマインドフルネスから、はたまた試験でAを取るためのマインドフルネス!なんていうものも。そんな現在のマインドフルネスムーブメントに際して「何か重要なものが欠けているのでは?」と、アメリカのコアな実践者や科学者たちがささやき始めている。

禅僧ティク・ナット・ハン師90歳の誕生日を祝い、サンフランシスコ ユニオン・スクエアで座るマインドフルネス瞑想を。コンパッションを職場に、という意図のビジネス会議、ドリームフォース会議に招かれたというプラム・ヴィレッジのブラザー、そしてシスターとともに。
禅僧ティク・ナット・ハン師90歳の誕生日を祝い、サンフランシスコ ユニオン・スクエアで座るマインドフルネス瞑想を。コンパッションを職場に、という意図のビジネス会議、ドリームフォース会議に招かれたというプラム・ヴィレッジのブラザー、そしてシスターとともに。

コンパッション(compassin:慈悲の心)無くしてのマインドフルネス実践とは、空虚なものになりかねません。仏教哲学の核心を振り返れば、コンパッションとマインドフルネスの実践は共に行うことで始めて叡智を養うことができるのです」とはスタンフォード大学神経外科の臨床教授であるジム・ドーティ博士。ダライ・ラマ14世を後援者とし、コンパッションと利他主義について研究し教育するセンター・CCAREを設立・運営している。アルコール中毒の父、うつ病の母を持ち、貧困の中で育ったドーティ氏。彼がマインドフルネスと出合ったのは、12歳のとき。彼の今の成功の一端を担った恩人、ルースという親切な女性がマインドフルネス、そしてコンパッションについて教えてくれたのだという。(ドーティ氏に関する参照記事(以下全て同)): http://www.dailygood.org/story/1330/what-mindfulness-is-missing-kira-m-newman/

コンパッションとは?

コンパッションとは思いやりや深い同情などとも訳される言葉。エンパシー(empathy: 共感)という言葉とごっちゃにされがちだが、厳密に言うとコンパッションとエンパシーは異なる。コンパッションには2つの核となる過程がある。まず相手の苦しみを共感し、理解すること(=empathy: エンパシー)。そしてその苦しみを軽減させるために何かをしたいという意欲を持つこと。この2番目のステップを踏むかどうかが、コンパッションとエンパシーを区別するポイントだ。そこで日本語にすれば、慈悲の心(慈(相手の幸福を望み)悲(相手の苦しみを取り除いてあげたいと思う))という言葉が近いかもしれない。

自分が今出来るレベルでのコンパッション実践をバークレーキャンパスで。中間試験中の図書館でゲリラ的にクッキーとチョコレートのギフトを。「単なる中間さ!!」というメッセージとともに。
自分が今できるレベルでのコンパッション実践をバークレーキャンパスで。中間試験中の図書館でゲリラ的にクッキーとチョコレートのギフトを。「単なる中間さ!!」というメッセージとともに。

さて、このコンパッション。今本当によく使われている言葉だ。ブックストアに行っても、自己啓発、ビジネス・経営、スピリチュアル、心理学などの幅広いジャンルでコンパッションを含んだタイトルがズラリ。人間関係を構築するためのキーワードのひとつとして、現在あらためて注目されているのだろう。ダライ・ラマ14世もこんなふうに言っている。「もし誰かを幸せにしたいなら、コンパッションを実践しなさい。もしあなたが幸せになりたいなら、コンパッションを実践しなさい」。

ドーティ博士が警鐘を鳴らすマインドフルネスとは、コンパッションを伴わない実践のこと。シリコンバレーに跋扈する“Aタイプ”といったジャンルの人間を作りかねないと言う。「Aタイプとは、”これで3回目の10日間のサイレント瞑想合宿さ“ と勝ち誇った笑みで笑いながら、いかにマインドフルネス実践を積んでいるかという点で人と競争しようとする人たちのことです。残念なことにマインドフルネス実践が原因で、ときに人は競い合い、誰かと自分を切り離して比較してしまうことも」。

これはそもそものマインドフルネス実践ゴールである、“エゴを無くす” ということの真逆である。現代社会におけるマインドフルネス実践の重要性を説く禅僧のティク・ナット・ハン師も、マインドフルネスとは「interbeing(相互存在)」という真理に触れるためのものだと説く。つまり、生きとし生けるもの全てへの畏敬の念を培うこと、繋がりのなかで生かされていることを実感すること。そして愛する人との別れ、やがて老いて、死ぬといった避けることのできない運命に対して執着しない姿勢を養うのだ。この心理状態はコンパッションの習得を意図せずとも、実践の結果としてコンパッション無くしては到達できないものである。

仏教倫理とマインドフルネス実践。

『Understanding Our Mind』ティク・ナット・ハン著。プラムヴィレッジでの合宿中にシスターに教えてもらって購入。毎晩読んでいるうちにボロボロになった。
『Understanding Our Mind』ティク・ナット・ハン著。プラムヴィレッジでの合宿中にシスターに教えてもらって購入。毎晩読んでいるうちにボロボロになった。

そもそも仏教の文脈で言うマインドフルネス(正念)とは涅槃(自己中心的な欲望である煩悩や執着の炎を滅した状態)に到達するための8つの正しい行いの中の7番目の実践のこと。1番目のプラクティスである、正見(正しい物の味方)、3番目の正語(正しい言葉)などといった健全な心身と人間関係を構築するために必要な道徳実践とともに行う。そのうちの1つであるマインドフルネス瞑想だけを抜き取って、集中力を上げて生産性を上げる、ストレスを軽減する、ダイエットなどといった自己中心的なゴールを得るためだけのテクニックとして実践することは本来のマインドフルネス実践の趣旨からずれてしまっているのではないか。何年もマインドフルネス実践に取り組んで来た博士がそう疑問に感じコンパッションの重要性を痛感するに至ったのは、彼の生い立ちにも深く起因すると言う。

「貧困の中で育ったために、私の心には虚しさが伴っていました。だからお金や何かを獲得することが私の人生に価値、さらに言うならば ”人生をコントロールできる力“ を与えてくれると思っていたんです。幼少期の私は吹きすさぶ風のなかでコントロールできずにただ飛ばされている葉っぱみたいなものでしたから。そこで(お金の力で)自分の人生をコントロールできるようになれば、雲は晴れてサンサンと輝く太陽が顔を覗かせ、笑顔でいられるんだと。そう考えていたんです。当然そんなことにはなりません。そうわかるにはずいぶんと時間がかかってしまいましたが」。

多くの人が追い求める人生のゴールを目指して成功のピークに達した時、これ以上無い不幸せと空虚感を感じたのだというドーティ博士。そんなとき恩人であるルースと過ごした日々を振り返る。そしてお金と成功を追い求める超・競争ゴール志向の人生から、他者に貢献する人生へとシフトしたのだ。

「科学的に言っても、コンパッション、つまり、相手を労ることや養い育むということは私たちのサバイバル(生存)だけではなく、繁栄にも重要なんです。他者を助けたり、親切にするといった行動パターンは、私たちの体に初期設定としてしっかりと組み込まれているんですね。例えば他者の苦しみを認識して、それを軽減したいと願うとき、迷走神経(vagus nerve)という神経が刺激されて交感神経から副交感神経が優位に働くようになるんです。その結果として穏やかな気持ちになり、誰かと繋がりたいと願い、血圧を下げ、ストレスと関連したホルモンレベルを下げ、免疫機能を上げてくれる。究極的には結果として寿命を伸ばしてくれるんですよ」。

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何かが吹っ切れた表情。カリフォルニアの歴史ある環境会議Bioneersの取材時のひとこま。着ているシャツはドネーションボックスから獲得したDOCKERS。0円です! Photo by Hiromi Bower Ui
何かが吹っ切れた表情。カリフォルニアの歴史ある環境会議Bioneersの取材時のひとこま。着ているシャツはドネーションボックスから獲得したDOCKERS。0円です! Photo by Hiromi Bower Ui

 

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PROFILE
土居彩
編集者、ライター。14年間勤務したマガジンハウスを退職し、’14年12月よりサンフランシスコに移住。趣味は、ヨガとジョギング。ラム酒をこよなく愛する。目標は幸福心理学を学んで、英語と日本語の両方で原稿が書けるようになること。