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会社を辞めて、こうなった。【第38話】 アメリカでの居場所作りスタート。 教科書の世界からリアルな現実へ。

2016.8.12 — Page 1/2
フランス・プラム ヴィレッジでのマインドフルネス合宿を終えて、最悪の状態からは脱したものの、気持ちはまだ上向きになれない筆者・土居。アメリカに戻っても引きこもりがちな生活を続けていたが、ようやく覚悟を決めて……。

【土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。】vol. 38

 

【第38話】アメリカでの居場所作りスタート。教科書の世界からリアルな現実へ。

日本に帰り、もはや自分の居場所は無いと思い知った私。仕事も辞めたし、東京の部屋も引き払ったし、当然です。プラム ヴィレッジで最悪な状況からは這い上がったとはいえ、いまだに絶望的な気持ちになって立ち上がれず、部屋から一歩も出られない日も(ネットで「ウツ、症状」と検索しては、ヒットする情報を読んで怯えています…)。加えて、部屋に居るのか居ないのかわからないと言われるほどアメリカでの存在感も薄い私。このままではいけない! 気分が沈んだり上がったりしながらも、アメリカでの居場所を作っていく覚悟をようやく決めました。すぐに新しい生活や文化に順応できる人が本当に羨ましいし、心から尊敬します。情けないことに私はここまでに、もはや一年半もかかっています…。

サンガの集まりに行くのだ!

バークレーの凧揚げ祭にて。2年間に及ぶプログラムを先学期に卒業した元同級生とその彼氏と行きました。彼女は部屋に引きこもりがちな私を引っ張りだしてくれる貴重な存在の1人。“カップル+私”という行動も板についてきました。風に舞う凧のように、私も人生の荒波を軽やかにダイブしたい…。
バークレーの凧揚げ祭にて。2年間に及ぶプログラムを先学期に卒業した元同級生とその彼氏と行きました。彼女は部屋に引きこもりがちな私を引っ張りだしてくれる貴重な存在の1人。“カップル+私”という行動も板についてきました。風に舞う凧のように、私も人生の荒波を軽やかにダイブしたい…。

そこでまずはフランス・プラム ヴィレッジでお坊さん、尼さんに頂いたアドバイスに従って、プラム ヴィレッジ流のマインドフルネス実践を行うサンガ (仏教の実践を一緒に行うコミュニティ)の集まりに参加してみることに。プラム ヴィレッジのサイトから見つけたのは、3つのサンガ。バークレー中心に活動するポットラックサンガ、バッカイサンガ、ニュージェネレーションサンガです。

では、サンガの集まりとは一体何をするのでしょう? 主に、座る瞑想(30分程度)、歩く瞑想(20分程度)、ホスト(家を開放し、サンガを迎える人。交代制)もしくは希望者が仏教の教義に基づいたテーマを選び、それについて考えを述べる法話の時間、そして各自、心を込めて話し、慈悲を持って聞くという練習、この4部からなります。週に一度催され、所要時間は2時間程度。その後ヴィーガン(完全菜食)のポットラック(一品持ち寄り食事会)がある場合や、ホスト側がスナック(ヴィーガンのビスケットなど)を用意していることもあります。

ここまで読んで、ついに寂しさ、人恋しさに負けて宗教に救いを求めたのか?! と思われたかもしれません。もっともです。実は私もバークレーの同級生(モンゴル系アメリカ人)がカトリック教会の集まりに傾倒していく姿を見て、「大丈夫か…。ついに神に救いを求めるのか…。でもあなた仏教徒では?」と色眼鏡で見たことも。いろんな人の感じ方があると思いますが、今の私の視点ではこちらアメリカ・ベイエリアにおける教会や禅センターでの集いとは、「わ、宗教!」という濃度が日本よりも薄く、コミュニティ、信頼関係作りに一役買ったり、宗教哲学を学ぶための場のように感じます。ただしこの点に関してはまだ探究が必要なので(宗派や地域などによって違う可能性が高い)、今後教会なども訪ねて実際に体験したうえで引き続き考察を深めたいと思います。

さてサンガの集まりに話を戻しますと…。参加者はすべて仏教徒というわけではなく、キリスト教徒(カトリック、プロテスタントetc)、ユダヤ教徒の人が半数以上でした。つまり、ティク・ナット・ハン師が説くのは禅をベースとした実践だけれど、自分が信仰する宗旨と並行して ”毎日の生活をより健康的に生きるため“ のプラクティスとして取り入れているようです。ティク・ナット・ハン師自身も仏教への改宗を求めているわけではなく、平和的に生きるためのヒントのひとつとして仏陀の教えを説いています。

また、これはTED Talksで見たのですが、カトリック教会のシスターだったイギリスの宗教学者・カレン・アームストロングもこんなことを話していました。つまり全宗教の中心的教義を分析すると、「思いやり(慈悲の心)」であったと。宗教が紛争をもたらしているように見えるけれど、それは教義を政治的に利用された結果であり、宗教自体が諍いの原因では無いのだと彼女は述べています(ちなみにそのTED Talksはこちら。)

自分の物の見方が現実を決める。

ポットラックサンガの皆と行った夜のハイキング。1週間前に亡くなったというサンガの一員の弟さんを弔うため、浜辺で小石や鳥の羽根を集めて像を作りました。けれど出来上がった途端、波にのまれてしまい…。あまりに突然のことだったので、みんなであっけにとられて爆笑してしまいました。笑いながら「まさしく諸行無常ね。笑っているうちに死が少し怖くなくなったわ」とのサンガメンバーの言葉が印象的でした。
ポットラックサンガの皆と行った夜のハイキング。1週間前に亡くなったというサンガの一員の弟さんを弔うため、浜辺で小石や鳥の羽根を集めて像を作りました。けれど出来上がった途端、波にのまれてしまい…。あまりに突然のことだったので、みんなであっけにとられて爆笑してしまいました。笑いながら「まさしく諸行無常ね。笑っているうちに死が少し怖くなくなったわ」とのサンガメンバーの言葉が印象的でした。

さてポットラックサンガは、レニスさんという品が良く、本当に優しい女性(私の母より少し年上ぐらい?)を世話人として運営しているサンガ。50〜70代の参加者を中心とした、ゆったりとした雰囲気の集まりです。参加一回目の開催場所は、高級住宅街にそびえ建つ邸宅でした。レニスさんの車を降りた途端(丘のてっぺんにそびえる高級住宅街だけに公共交通機関では辿りつけない場所だった…)、圧倒されてしまった私。すると、道路のど真ん中にも関わらず「ハイ」とバスローブ姿で裸足、洗いざらしの金髪をなびかせたホストの甥っ子さんが気だるそうに挨拶してきました。「こ、これがプチ『グレート・ギャッツビー』の世界か…」。プラム ヴィレッジのサンガの集まりから派生してラグジュアリーな世界につながっていくとは予想外だったので、面白いなと思いました。

新入りの私は「アヤはバークレーで心理学を学んでいるんです」と常に紹介されるのですが、それがなんとも居心地が悪い。「会話の中でセレクトされる私の “伝えるべき” 個人情報は、それになってしまうのだなぁ…」と。そう紹介されると必ず次の質問はコレです。「ほぅ、大学院?」。邸宅のご主人からもそう聞かれました。「いいえ、大学生と勉強しています。私は心理学の入門者なんです」と答えると、彼の表情からガッカリした様子が垣間見えました。そして、心がチクリ。このようにして私の居心地の悪さは痛みへと変わるのです。

「あなたの痛みはおそらく表面的なコンプレックス(年齢、学歴、能力の有無など)から来ていませんよ。もっと深く見つめなさい」とプラム ヴィレッジで指摘された私。以来、心に生じた違和感はなるべく無視せずに観察するようにしています。すると「アッ、同じことが繰り返し起きている! これは私自身が “ただの土居彩” を受け入れられるかどうかのお試しなんだ」と気がつきました。彼の “ガッカリした表情” とは、私の内側から来たものなのです。つまり私が自分のことを「十分ではない」「至らない」と心のなかで感じているからこそ、それを強く刺激するような現象が外側でも起こっているのです。

彼の反応は真の痛みの原因ではありません。もっと言えば、彼は実際にはそんな反応をしていないのかもしれない。もしくは彼もまた、裸の状態の自分には価値が無いと思い続けて、この世界で戦ってきた人なのかもしれません。その結果、高い教育を受けて、確固たる社会的地位と邸宅、素晴らしい家族に囲まれている。けれども根本的な痛みの原因は解消されておらず、引き続き苦しみを抱えているので、それを変容させるために実践に励んでいるのかもしれない。そんなふうにいろんな可能性を考えているうちに心の痛みが少し和らぎ、自分と彼に対する優しい気持ちが湧いてきました。

その日のサンガの法話のテーマは、“正語(正しい言葉)” 。私たちが正しく生きるための仏教の8つの実践法、つまり八正道の三番目のプラクティスでした。ティク・ナット・ハン師の言葉によれば、私たちの心には幸せ、喜び、希望、信頼、そして怒り、悲しみ、嫉妬などさまざまな種があります。私たちの言葉は伝えた相手、そして言葉を発した自分自身の幸せや信頼の種に水をやることも、怒りや悲しみの種に水をやることもできます。そこで幸せと平和な関係を育てるように、そして悲しみの種に水を与えないように、自分の物の見方が正しいかどうかを常に自問自答しながら心を込めて話しましょうという内容でした。