会社を辞めて、こうなった。【第20話】 50年間サンフランシスコのど真ん中で、無料で食べ物を配り続けるツリーさん。

2015.7.28 — Page 2/2

ひたすら堆肥と向き合ってみる。

アボカド、マルベリー、アプリコットや野菜など食べられる植物もたくさん植えられている。
アボカド、マルベリー、アプリコットや野菜など食べられる植物もたくさん植えられている。

ツリーさんが無料で食料を提供するのにはもうひとつ理由があると言います。それは労働力を商品化して私有や営利を原理とする資本主義経済ではなく、与え合いや支え合いがベースになる贈与経済に基づく考えによるもの。「食物は命です。あまりに尊いものだから、私にはとうてい値段なんてつけられません。私たちは太陽の光、空気や水、そして食物という命のエネルギーをいろんなところからもらって、それを皆のために使うために生きているんです。つまり、私たちの存在は、ただ大きなエネルギーの流れにつながっているだけ。自分のところでそのエネルギーの循環を止めたくないのです。だから受け取ったものは次にパスするのです」。

ツリーさんのお話に感動しながらも、依然としてお金や無職への恐怖心が手放せない私。お話の後には、堆肥班、剪定班、落ち葉掃除班という3つの班に分かれてファーム作業をすることになりました。そこで対象こそ違うけれど、これまた恐怖の対象だった堆肥と向き合おうと、堆肥班を志願。自分が知らず知らずのうちに作ってしまったエッジ(恐怖感)を超える練習になると思ったからです。

結果、堆肥作業希望者は私以外ゼロ! ガーン…。ひとり黙々と鋤で堆肥をかき混ぜ、掘り起こすことになりました。さらには生ごみや馬糞、落ち葉の中にプラスチックのゴミがあれば、それを手で選り分ける…。「つい半年前にはラム酒の専門バーでマルティニーク産のラムの香りに酔いしれていたなぁ…」と華やかだった東京生活に想いを馳せたそのときです。「く、臭くない!」 丁寧にブレンドされた堆肥は、美しい庭のような柔らかい香りがするのです。不要とされて忌み嫌われるゴミや糞、落ち葉などが野菜やフルーツ、美しい草花の栄養となり、新しい命を育んでいく。「いらないものなんて無い。それぞれの役割を果たしながら、循環の中で生きている」。ツリーさんのお話が腹に落ちたのです。すると涙が止まらなくなりました。「世界はとても美しいですね」。そう言いながら、ツリーさんと畑の隅へ行って一緒に泣きました。

お金をギフト!

毎週日曜日“The Free Farm Stand(フリーファームスタンド)”ではフリーファームで出来たオーガニックの作物のほか、さまざまなファーマーズマーケットから集めた食物を無料で提供している。(写真・平田理子)
毎週日曜日“The Free Farm Stand(フリーファームスタンド)”ではフリーファームで出来たオーガニックの作物のほか、さまざまなファーマーズマーケットから集めた食物を無料で提供している。(写真・平田理子)

「今なら出来るかもしれない」。フリーファームを後にした私は、お金への恐怖心を手放すための一歩を踏みたいとツアー参加者全員の交通費48ドルをギフトしてみることにしました。私も循環の中の一部なら何かをパスしたら、またどこからか必要なものが与えられるはず。そんな贈与経済の世界を信じてみようと思ったのです。すると切符を買っている最中に、とても不思議なことが起こりました。お金を払っているのか払っていないのか、切符を渡しているのかもらっているのか、よくわからない感覚になったのです。ツアー前は5,000円の送料で気が狂いそうになっていたのに!

そしてツアーの最終日。持っていた現金を全てツアーに寄付することにしました。正直を言えば所持金すべてを提供することにためらいがありました。第一に、その少なさを知られるのが恥ずかしかった。さて今月どうやりくりしたら良いのかしら?という恐れももちろんありました。ひとつ目のためらいは、これが今の自分のできること、等身大の私だから、それを受け入れようと決心して解決。さらに素晴らしいツアーの最高のオーガナイザーの2人だから、「えっ、彩ちゃんここまでお金持っていなかったの?!」なんてことは絶対思わないだろうと確信したからです。生活費への恐怖心は「絶対になんとかなる! 私が信じて進んでいることが正しいものなら、必ずサポートが来る」と強く信じてみることでなだめました。サポートが来ない場合はきっと、やり方が違うか目指す場所を変えるべきだと教えてくれているだけ。

ツアー仲間と別れて、サンフランシスコの大通り・マーケット通りを歩いていたときです。とても不思議な感覚になりました。そこは1か月ほど前、強盗に財布とiPhoneを盗まれた場所。いつものように奇声を浴びせかけてくるホームレスやギャング紛いの人たちもたくさんいます。道端に散乱するゴミの中には麻薬の注射針らしきものだって混じっている_。そんなツアー前は恐怖心いっぱいで見つめていた風景を映画のワンシーンのように感じたのです。つまり、映画鑑賞中にどんな恐ろしい暴力シーンがあっても、それはスクリーンの中の出来事で自分には絶対に降りかかってこないという自信がありますよね。それに似たような感じなのですが、まるで優しい膜のようなものが自分の周りを包んで守ってくれているような絶対的な安心感がしたのです。

ソーヤ海くんと鈴木栄里ちゃんのギフトエコロジーツアー。“人生が変わる”ツアーだと告知文にありましたが、まさにその通りでした。自分の深い部分ととことん対話することができ、とても幸せで、とても辛くて、とても素晴らしい体験でした。そして今、ツアーが終わった後が、本当の旅の始まりだと実感しています。実際に私の人生がこの後大きく変わっていくことになるのですが、それはまたゆっくりとお伝えしていきたいと思います。

Information

ギフトの世界と資本主義経済の心地よいバランスを探るサイトOur Giftismを始めました! よろしければ覗いていただけると嬉しいです。

See You!

フリーファームスタンドのお手伝いに参加させてもらい、ツリーさんと公園で。(写真・宇井裕美)
フリーファームスタンドのお手伝いに参加させてもらい、ツリーさんと公園で。(写真・宇井裕美)

 

【関連記事】
「土居彩の会社を辞めて、サンフランシスコに住んだら、こうなった。」まとめ
PROFILE
土居彩
編集者、ライター。14年間勤務したマガジンハウスを退職し、’14年12月よりサンフランシスコに移住。趣味は、ヨガとジョギング。ラム酒をこよなく愛する。目標は幸福心理学を学んで、英語と日本語の両方で原稿が書けるようになること。