会社を辞めて、こうなった。【第19話】 ギャングの巣窟で家を開放するヒーローたち。

2015.7.13 — Page 1/2
無職にもかかわらず、想像以上にお金が出て行くサンフランシスコ生活。お金に対する恐怖心に勝てない元編集者・土居が、お金を介さない、支え合いや与え合いの中で生きる世界という「ギフトエコロジーツアー」なるものに参加してみると・・。

長年勤めた出版社を辞めて、なんの保証もないまま単身アメリカに乗り込んだ女性が悩みながら一歩一歩前進して、異国の地で繰り広げる新鮮な毎日を赤裸々にレポートします。

 

【第19話】ギャングの巣窟で家を開放するヒーローたち。

カリフォルニア州、オークランド東部にあるFruitavale(フルートベール)駅。映画「フルートベール駅で」の舞台になったこの場所では今から6年ほど前、黒人青年が鉄道警官に撃たれて非業の死を迎え、社会問題になりました。ここは不法滞在をするヒスパニック系の移民やギャングが多く住み、物騒な事件が頻繁に報道されている貧困地域。そんな街であえて鍵をかけず、家を開放して生活している2人の男性がいるというのです。今回のギフトエコロジーツアーでは、3日間そちらで寝食を共にさせてもらうことに。しかも宿泊場所や食事の提供は彼らからのギフト(無償提供)です。ツアー前に最も興味をひかれた場所だったのですが、サンフランシスコの部屋の家主からは「アヤのiPhoneと財布を盗んだヤツが住んでいるような街だよ」と釘をさされ、好奇心とともに警戒心も全開で訪ねたのでした。

カサデパズとは?

カリフォルニア州オークランドの最も危ない場所で、鍵を掛けずに門戸を開放している“カサデパズ”。(写真・宇井裕美)
カリフォルニア州オークランドの最も危ない場所で、鍵を掛けずに門戸を開放している“カサデパズ”。(写真・宇井裕美)

駅から歩いて15分ほどのところにある“Casa de Paz”(カサデパズ、スペイン語で“平和の家”の意)。“カンティクルファーム”という農場つきの共同集落にあるレモンイエロー色の可愛い一軒家です。ここは、オーガニックフルーツや野菜、ミツバチや美しい花がいっぱいの豊かな庭を中心に、数軒の家が立ち並ぶコミュニティ。中でもカサデパズは誰でも入れるようにとドアを施錠せず、門戸を開放しています。柔らかな風に揺られて美しい音色を奏でるウィンドチャイム。そんな透明でピースな空気が広がる気持ちのよい空間のため、思わず「本当に危ない地域なの?」と感じますが、カサデパズのある通りは4つの大きなギャングの縄張りの中。近所の家には泥棒避けの鉄格子が何重にもかかっており、壁には落書き、道端のゴミも見かけます。

カサデパズに住むのは、パンチョとサムという2人の男性です。パンチョは奨学金を全額獲得し、名門UCバークレーで宇宙物理学を学んでいたエリート。でも大学院に進んで博士号を取ることよりも、もっと意義のあることがしたいと退学し、カサデパズでの活動をスタートしました。いっぽうサムは、“グリーンハウスミュージアム”というオンライン美術館で、環境アート(自然との共生、環境問題などをテーマに、芸術の力で社会を動かしていく。絵画や写真、彫刻などだけではなく、野外でのアート作品や演劇と結合させるなど、さまざまな表現法がある)活動やアーティスト、コミュニティ支援をしていました。けれども、パンチョのギフトエコロジーに基づく生き方に感銘を受け、すべてを処分してカサデパズに来たといいます。現在彼らは毎週金曜日にカサデパズを訪ねた人全員に瞑想と、農場でのボランティア活動などで得たオーガニックの野菜やフルーツをふんだんに使ったヴィーガン料理を無料で提供しています。

彼らは今本当に幸せなのか?

右の男性がパンチョで左の男性がサム。手にしているのは参加者の1人、アーティストのNickyが描いた絵。(写真・宇井裕美)
右の男性がパンチョで左の男性がサム。手にしているのは参加者の1人、アーティストのNickyが描いた絵。(写真・宇井裕美)

つまりカサデハズでの活動を始める前は、いわゆる社会的な“成功者”だった2人。安全で美しい街にある瀟洒な家で、世間がうらやむような立派な研究者やアート活動家として何の不自由もなく生きることも選択できた人たちです。「なぜそうしなかったのか?」「そして彼らは今本当に幸せなのか?」。それが私の最も知りたかったところでした。納得いく答えを得られれば、私が抱えている恐れのオンパレード、「お金が無い」「英語が出来ない」「仕事ができない」「若くない」「頭がよくない」「恋人がいない」が解消されるかもしれないと思ったからです。

さて、カサデパズには夜遅い時間に到着しました。脱石油生活を志している2人なので、夜はキャンドル生活。覚悟はしていましたが予想以上の暗さで「もうどっちがパンチョでどっちがサムなのかもわからないよ!」と突っ込みたくなるほどです。そこで手探りで荷物を探し出し、キャンプ用ヘッドライトを頼りにスーツケースを施錠。人の脚なのか誰かの荷物なのかもわからない何かにつまづいたり踏みつけたりしながら、何とか歯ブラシとタオルを見つけ出して寝袋に包まれながら就寝したのでした。

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