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【好きだった親に…】セミヌードで話題の元グラドルが幼少期を告白!

文・小阪有花 — 2017.9.6
グラドルをやめてから本当にやりたいことは何なのかと模索していた筆者・小阪。セミヌードを見せたり、美容家を志したりもしたけれど、辿り着いたのは、芸能界引退後に一時期就いていた保育の仕事だった。だが、ただ保育の現場へ戻るのではない。小阪には「保育園を作る」という強い思いが……。

【グラドルから保育園へ】vol. 71

自己肯定感と自尊心

自己肯定感と自尊心があるかないかだけで、人生はこんなに変わるものなのかと実感する。では、この自己肯定感と自尊心は、いつ芽生え、どんなキッカケで失われていくのだろう? と考える。それは全て、幼少期に関係があることに気づいた。

小さい頃の自分は、親になにもいえない子だった。言っても馬鹿にされる。言ってもきっと聞いてもらえないだろうと、親のことを信頼していなかった。もちろん嫌いだったわけではない。むしろ好きだったのだが、小さい頃泣き虫だった私は、よく親に泣きまねをする子だと泣くたびに怒られていた。まねごとではく、勝手に涙がでてきてしまうのにそれを、「泣けばいいと思って」と、涙が出るたび言われていた。

それがとにかく悲しくて、また泣きそうになってはそれを言われ続けた。いつしか自分の悲しみは、言ったところで信じてもらえないという諦めに代わり、蓋をするのがうまくなっていった。否定を怖れ、傷つきたくないから我慢した。2歳から6歳くらいまで、涙を我慢する日々が続き、私のなかで、泣くことは許されない行為へとか変わった。泣いてはいけないということは、自分を許してはいけないという行為になった。

自分を卑下し続けた幼少期

かわいく笑えない自分を許せない。友だちをうまく作れない自分が許せない。勉強が嫌いな自分を許せない。足が遅い自分を許せない。とにかく私はずっと自分を許せなかった。うまくいかないことがあると、自分を見下し、何もできない自分に呆れ、目を背けた。 自分を認めない行為が、自己肯定感と自尊心を下げていった。誰にも認められずに、自分の思いに気づいてもらえない幼少期は孤独だった。

その孤独が、私の弱さを作りあげてしまったんだと実感した。私は、こんな思いを子どもにさせたくないと強く思った。小さい頃の経験は、人生を大きく左右する。まさに、三つ子の魂百までもだ。子どもたちを、認めてあげたい。気持ちを理解しありのままを受け入れる、そんな存在になりたいと強く願った私は、とにかく子どもたちを受け止める場所が欲しいと考えた。

そう思ってからは、「保育園を作りたい」は正直建前。少子化対策だとなんだの理由を並べてみたが、そんなのは関係ない。私は子どもの幼少期を幸せなものにするために何ができるかを考えるようになった。

Information

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こさか ゆか/保育園プロデューサー
リバイバルミーティング代表。チャイルドカウンセラー、家族療法カウンセラー、幼児食インストラクター、ベビーシッター資格習得。 2004年ミスマガジングランプリを獲得し芸能界デビュー。グラビアアイドルとして活躍後、2009年に引退。現在は子どもの心スペシャリストとして活動中。


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