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なんで猫なのか? 金魚で決まった飼いたい気持ち|うちに猫がやってきた!#1

文・伊藤順子 — 2017.2.23
ananwebスタッフの筆者が保護猫2匹を飼い始めました! 猫との生活は、にゃんとも10年以上ぶり。その奮闘を綴ります。初回は、なぜ猫を飼うことにしたのか。筆者のキモチの変化をご覧ください。

【うちに猫がやってきた!】vol. 1

生きものなんか絶対飼わない

Closeup expressive cat with big eyes and his ears crouched

「アリエールでしょ」と聞こえてきたCMの声に「ありえない、ありえない!」と思わず反応した私。そう、生きものを飼うなんてありえない!

「なんか飼いたい!」息子(9歳)がそう言ってきたんです。まず「ハァ?」ですよ。私は俗に言うワーママ(ワーキングマザー)です。家事、育児、仕事ががっつりとスクラムを組んでいるこの生活に、「生きものを飼う」ピースが入る隙なんてどっこにもありません。「自分から宿題をやるなら考えてもいい(いつも言われてからやる)」「明日の時間割を前日に揃えるならいい(いつも当日の朝やる)」。とりあえず彼にとっての無理難題を突きつけてやりました。自分のこともできずに生きものの世話なんかできるか!っていうか、世話するのは絶対私だろ~よ。このヒーヒーゼィゼィ言ってる大充実の生きざまを見て、よくもそんなことぬかすな!と、子どものよくあるかわいいお願いにキレてしまった私なのでした。

「でも…」ともうひとりの私が言います。「あんたのそばにはいつも猫がいたじゃん」。そうでした。物心ついたころから20代半ばに家を出るまで、私はずっと猫と育ってきたのでした。「2歳頃、猫にあげたおかかゴハンを順ちゃんはいつも奪って食べていた」とは母からよく聞くエピソード。戌年の年賀状には、無理矢理猫の手にインクをつけて、バタバタとスタンプ代わりにし、犬の足跡を表現したものでした(ひどい)。思えば、人間以外にも命があると気づいたのも、お世話をしなければいけない命があると知ったのも、猫のおかげだったのだと思います。そして、かわいい、愛おしいと思う気持ちが芽生えたのも、猫のおかげ。そうだ、考えてみれば、生きものを飼うことは子どものために絶対いい! 我が子に対する親の使命感のようなものと、余裕のない現実の間で揺れ動く気持ち。でも、私は少しずつ前向きになって、ひとつのことを思いつきました。

金魚で自信喪失。復活も金魚

そうだ、試しに金魚を飼ってみよう。命の重さはどの生きものも変わりはないけど、体が小さいぶん、もし死んでしまってもこちら側のダメージが少し軽いだろう。ちょうど夏祭りの時期でもあり、金魚すくいで一匹を連れて帰ったんですよ。ホームセンターで水槽とエアーポンプ、えさなどが入った初心者セットなんてものも買っちゃって。私、意気揚々としていました。目だって子ども以上に輝いていたはず。そして、順調に日々は過ぎていき、1か月ほど経ったある日、コトは起きたのです。ポチャンと音がしたので水槽を見てみると、金魚が何かにとり憑かれたように苦しそうに(無表情ではあります)悶えていました。そしてもがきにもがくこと数分、その後、息絶えたのです…。突然の出来事でした。死へのジェットコースターを一部始終見てしまった私は、悪夢を振り払うかのように首を振り、親指ほどのサイズでも死のダメージはヘビー級だと、こんな気持ち二度と味わいたくないと、初心者セットをしまいこんだのでした。

でも、人って忘却の生きものですね。またお祭りがあったときに、子どもにねだられて、再び金魚すくいにトライしたんです。そして、今度なんとは9匹を持ち帰りました(釣れてません、善意でもらえたのです)! やったー! ばんざーい! またもや気持ちはルンルン、9匹の金魚が泳ぐ姿は壮観です。金魚ってのんびり優雅に泳ぐものですね(後に、この動きが問題と気づきます)。時間が経つのを忘れて見とれてしまいました。ですが、喜んだのもつかの間、すぐさま私は奈落の底へと落ちていくことに。その夜に1匹、翌日も1匹と次々に金魚たちが終わりを迎えていくのです。計8匹が旅立ちました……。

死と隣り合わせの日々が1週間続くと、さすがに気分が淀みます。またか。浮いている金魚を見つけるたび、私はたまったヘドロを吐くようにため息をつき、子どもは無言で立ち尽くします。やはり、私は絶対生き物を飼ってはいけないんだと思い知らされたのです。ですが、明けない夜はない、必ず朝は来るものです。始末と悲哀で弱り切った私を救ってくれたのが、唯一生き残った一匹、金ちゃん(命名)でした。金ちゃん、動きが違うのです。かすかな音にもビクッと反応をしてワープのように移動します。ほかの金魚にはなかった機敏な動きです。そうか、そうなのだ、逝った8匹は移動や残暑で元々弱っていたのだ。優雅ではなく、しんどかったのだと。金ちゃんはいまもピンピンしています。元気であるなら、私のもとだって生きものは育つ。清潔で適正な環境とエサを用意すれば、勝手に生きるものなのだ! 金ちゃんは私に飼う自信をつけてくれました。

ノリノリで「何を飼う?」

Dogs and cats snuggle together

何だってヤル気次第です。自信をつけた私は子どもたちに「さぁ、何を飼おうか?」と提案しました。ペットといえば、犬と猫が王道でしょう。我が家もこのふたつに絞りました。なぜ猫人生を歩んできた私が猫に即決しないのかって?それは、子どもの希望は犬だったこと。そして、街中いたるところで出会う犬の姿と、実母のある言葉がずっと引っかかっていたからです。

その言葉とは、最後の飼い猫が亡くなり、数年経ったときのこと。実母と私でショッピングモール内のペットショップに立ち寄りました。買うことが目的ではなく、ただかわいい姿を見たかったからです。さんざん猫と犬を見たあとで、母はなんと…「ホントは犬が好きなの」と漏らしたのです。40年近くも猫オンリーで生きてきた母、猫との思い出がいっぱいあるはずの母、猫の最期のときは涙を流していた母。そんな母なのに、なぜ?どうして? 疑問を抱えたまま、いまでもこの言葉は忘れられません。ずっと秘めてきたのであろう、母のキモチ。そんなにも犬は魅力があるのか? 「やっぱり猫が好き」だった私の頭は「意外と犬もいいかもよ」の支配下に置かれました。子どもってものは、やはりなぜか母親の言葉に影響されてしまいますよね。

飼うのは犬ということにして、まずはペットショップを覗いてみました。豆柴やらトイプーやらを抱っこして、子どもたちは超ご満悦。私もかわいいと思って眺めていましたよ。でも、犬の説明をしてくれた店員さんが私を見て「ワンちゃんと猫ちゃんを見る目が違いますね、猫がお好きなんですね~」とひと言。そうなんです、犬を見つつも、気になるのは隅っこの猫コーナーだった私。「かわいい」という声も犬と猫とでは1トーン違っていて、あからさまだったようです。なんやかんやで2軒を巡り、お財布と主人にも相談しなければいけないので、子どもたちには「とりあえず保留しよう」と言いました。子どもたちはお持ち帰りしたくてブーブー文句を垂れています。息子は泣き始めていじけだし、娘(6歳)も歩きたくないと駄々をこねはじめました。渋々娘を抱っこしながら私も、くそっ、行かなきゃよかったとつぶやきます。そんなクサった3人が帰り道を歩いていたときです。目に飛び込んできた貼り紙がありました。そこに書かれていたのは「ニャンとかしよう会&NekoCube 猫の譲渡会」。月1回、近所で保護猫の譲渡会が開催されているようです。

保護猫のことはよくわからないけれど、とにかくニャンとかしなければならない猫が身近にいる。ならば、ニャンとかしようではないか! このときせき止められていた「やっぱり猫が好き」がぐんぐん勢力を増して濁流となり、脳内を一気に占めました。かなり優位、いやもはや完全勝利です。「この譲渡会に行ってみない? お母さん、猫がいい」。まだ涙目の息子は「なんか飼えるなら、もう猫だっていいよ!」。ヤケクソ気味なのが気に食わないですが、このときに、我が家は猫を飼う! と決定したのでした(主人には事後報告)。

長々とありがとうございました。次回は、猫の譲渡会レポです!

Information

NekoCube(ねこきゅーぶ)
HPでは随時里親を募集しています♪

http://nekocube.sakura.ne.jp/

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